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 「見過ぎるのは良くない」「視力が落ちる」「暴力シーンは悪い影響を与える」など、子どもとテレビの関係について、テレビは時々悪いレッテルを貼られます。しかしこれらのネガティブなイメージについて、「本当か?」と聞かれたら、私は「いいえ」と答えます。さまざまな研究をみても、「テレビを見ることで悪い影響が現れた」という結果は、明確には出ていません。あったとしても、悪い影響が現れた背景として、不安定な家庭環境や心理状態が指摘されています。
 幼児教育の観点でテレビを捉えるとき、「どんな番組を見せるか」よりも、実は「親(一緒にテレビを見る人)との関係」が重要視されます。子どもは親のテレビに対する反応を見て、テレビとは何かを学んでいくからです。見る番組は幼児向けでもニュースでも構いません。親が真剣に見ていれば「大事なことなんだな」と認識し、笑っていれば「おもしろいんだな」と認識します。親子の関係が良好であるほど、子どもはテレビから良い影響を受け取りやすい、ということがわかっています。 
 また、テレビはコミュニケーションを図るうえで重要な「共通の情報」を与えてくれます。例えば、幼稚園でいつも話題になる人気番組があり、テレビを見ていないせいでその話の輪に入れない子どもがいたとしたら、その子は社会性の形成上不利益を被っている、と考えられます。とかく悪者にされやすいテレビですが、記憶に残りやすい、情報を受け取りやすいなどの長所がたくさんありますから、上手に子育てに取り入れてほしいと思います。


武内 裕明

先生の

こぼればなし

「テレビを見過ぎると頭が悪くなる」と言われて育った私にとって「テレビは悪者ではない」という武内先生の言葉は意外でした。インターネットが普及した現在、テレビは必要なくなるのではないか、と言われたりもしますが「個人が欲しい情報だけ選ぶインターネットと違い、テレビは子どもからお年寄りまで、見ている人に平等に情報が行き渡るのが強み」と先生。見ている人の役に立つ情報を発信し「必要なものだ」と思われることが、テレビが生き残る鍵になるのでは、とも話してくださいました。

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 私の専門分野は応用微生物学。微生物が持つ機能を利用して、環境にやさしい物質を作る研究です。例えば、石油を原料にしている燃料やプラスチックも、現在はサトウキビやトウモロコシなどの植物から作ることができます。この微生物のチカラをほかの研究にも応用すれば、いろんな素材を環境に負担をかけないものにできる。応用微生物学は大きな可能性を持つ研究分野だと思います。 
 研究は、特定の物事を突き詰めるだけでなく、広い視野、客観性を持つことも大切です。ゴールに向かうためには何が必要で、どんな問題や課題があるのか。その答えやヒントは、自分の研究分野の中だけにあるとは限りません。全く違う分野から見つかることもあれば、たまたまつけていたテレビ番組を見て「そうか!」と思いつくこともあります。自分では気づかなかった視点に立たせてくれる、という意味でも、テレビはアイデアの宝庫と言えるかもしれません。また、「世の中のモノの見方を反映している」という側面も持っているので、自分では「いい」と思っていたけど、世間的にはそうでもないらしい、など自分の研究を客観的に見るツールにもなります。
 テレビからヒントを見つけたいとき、私は情報をそのまま受け取るのではなく「なぜこの現象がおきたのだろう」「自分の研究につなげられるかな」など、少し視点を広げてみるようにしています。そうすると、以外なところにヒラメキが隠れていたりするものです。これは研究者に限らず、テレビを見るみなさんにも当てはめることができる、テレビの活用法だと思います。


園木 和典

先生の

こぼればなし

これまで石油を原料にしていた物質を、植物から作ることが出来るなんてすごい!と、感激した「応用微生物学」のお話。でも「世の中に広く使われるようになるには、まだまだ課題があります」と、園木先生は言います。サトウキビやトウモロコシなどの「食物」が原料であることから生まれる新たな食糧危機、農地確保の問題もその一例。これらを解決するために、先生の研究室ではトウモロコシの芯や木材などの「食物の食べない部分」や「食べない植物」を原料にする研究も進めているそうです。

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 ここ数年でテレビは大きく様変わりしました。私は液晶の研究をしていますが液晶ディスプレイの進化によって、奥行きが必要だったテレビが、場所を選ばないほど軽く薄くなってきている。壁掛け時計のように軽くて簡単に壁に掛けられるテレビはすぐに出来るでしょう。そして、丸めることができ、折りたたんで簡単に持ち運びができるようになる、そんなテレビが出てくることも遠い未来ではないと思います。今話題になっている3D映像についても、今は眼鏡をかけて見ていますが、それも必要なくなるでしょう。
 液晶はテレビという機能だけでなく、さらに活用範囲は広がっていくと思いますね。色の再現力が高まることによって、遠隔医療の現場でも有効に使えるものになります。家の壁材も液晶のディスプレイになる可能性は高いと思いますよ。例えば、スイッチひとつで壁一面が臨場感溢れる立体映像になる、そういう進化を遂げていくでしょう。
 日本という国は新しい技術を開発するのは非常に得意。ただ大量生産する段階に入ると、人件費などの問題もあり、国際競争で負けてしまう。今、私たちが目を向けているのは、「環境」に配慮した液晶ディスプレイです。2012年にはEUでの電力規制が一段と厳しくなり、現在の40インチの液晶ディスプレイは売ることができなくなる可能性があります。画質は現状のままで、消費電力を大幅に下げねばなりません。さらに、これからは、目にも優しくて、部品がリサイクルできるディスプレイが出てくるでしょう。そしてこれは有機化学者の立場としてですが、ある年数(賞味期)が過ぎたら自己分解してしまう分子が創れたらと夢見ています。


吉澤 篤

先生の

こぼればなし

吉澤先生は自身を「分子のデザイナー」とおっしゃっていたのが印象的でした。分子というものは集まり、結びつくことによって、独特の性質が現れるそうです。Aという分子とBという分子の相互作用によって生まれる“機能”から、液晶ディスプレイという製品につながったり、あるいは新薬にもなったりする。実験の中で様々な組み合わせを試し、そこから創られたモノが実際の暮らしの中で役立っていく。分子が持つ無限の可能性に面白さとやりがいを感じているそうです。

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 私は「体の動きの専門家」。大学では、リハビリの専門職である理学療法の授業を受け持っています。テレビを見ていても、この筋肉を使って、関節がこう曲がって…と、ついつい体の動きに注目してしまうのですが、ドラマを見ているときは、演技と動作の「矛盾」に気づくこともしばしば。
 たとえば、イケメン主人公が気を失ったヒロインを抱き上げるシーン。ヒロインの体重を50kgと仮定すると、彼女は50kgの水袋と同じ状態です。これを持ち上げるのはかなりキツイ。しかし主人公は涼しい顔で軽々と抱き上げます。それはなぜか。「彼女は気を失った『フリ』をしているから」です。
 意識がある50kgの人間なら、持ち上げるのはさほど大変ではありません。どんなに気を失った「フリ」をしていても、無意識に体を緊張させ、抱きかかえやすい姿勢をとってしまうからです。ここで迫真の演技を追求するならば、本当に気を失うしかない、ということになります。
 また「下半身麻痺」という役なのに、足に力が入ってるな、と気づく時もあります。たとえば、車いすから身を乗り出し、遠くにあるモノを取ろうとする演技。下半身麻痺=力が入らないということは、上半身の重心が移動したときもバランスがとれません。どこにも掴まらずに身を乗り出せたということは、踏んばってバランスをとっている証拠です。
 こんなふうに、体の動きのメカニズムからみると、いろんな「フリ」を見抜くことができます。でも最近では、理学療法士が演技指導にかかわるなど、リアルな演技にこだわるドラマもたくさんあるようですよ。


對馬 均

先生の

こぼればなし

「テレビを見ていると、つい注目してしまうのが歩き方」と話していた對馬先生。身体の動きの専門家である先生は、歩き方だけで、その人のだいたいの年齢が分かることもあるそうです。例えば、高齢者の歩き方の特徴は「膝の曲がった前かがみ」。これは、年齢とともに体重をしっかり支えるのに必要な背中、お尻、腿(もも)、ふくらはぎの筋肉が落ちてしまうからだとか。「逆に考えれば、普段からそうした筋肉を鍛えることで、何歳になっても颯爽と歩くことができるんですよ」とのこと。確かに、先生の姿勢や歩き方は、全く年齢を感じさせない若々しさでした。私も見習います!

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