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弘前大学有識者懇談会(平成30年1月23日)

弘前大学に期待すること~報道機関から見た弘大~

有識者懇談会

 河田喜照株式会社東奥日報社弘前支社長と佐藤敬弘前大学長の対談が,平成30年1月23日に弘前大学の学長応接室において行われました。対談では和やかな雰囲気の中,「弘前大学に期待すること~報道機関から見た弘大~」をテーマに,本学の地域貢献,広報の取組及び短命県への対応などについて意見が交わされました。


株式会社東奥日報社
弘前支社長

河田喜照
(かわた・よしてる)


1959年青森県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1984年4月東奥日報社入社,社会部記者,政経部記者などを経て2006年4月東京支社編集部長,2009年4月編集局デジタル編集部長,2011年11月秘書室秘書部長,2014年11月編集局次長,2016年11月弘前支社長に就任,現在に至る。

国立大学法人弘前大学長

佐藤 敬
(さとう・けい)


1950年北海道生まれ。専門・研究テーマは脳血管障害。弘前大学大学院医学研究科博士課程修了。1979年弘前大学医学部に採用。医学部附属脳神経血管病態研究施設長,医学部長,大学院医学研究科長,被ばく医療教育研究施設長,被ばく医療総合研究所長を経て,2012年2月弘前大学長に就任,現在に至る。


弘前大学に期待すること

河田氏

 弘前大学に期待することとしては,知と人材の巨大な攪拌装置であって欲しいということです。大学内にとどまらず弘前市,青森県,さらには日本や世界がここで攪拌され,様々なモノが生まれるという巨大な装置としての機能を弘前大学に期待しています。


佐藤学長

 「攪拌装置」というのは象徴的な言葉として非常に分かりやすいですね。本学の学生が弘前市で勉強できることはすごく幸いなことです。弘前大学は地域と非常に近く,学生も地域の人たちと密接に関わっています。さらに弘前は文化や歴史の背景を強く持った個性のある街ですから,攪拌の成果が十分期待できると感じています。


河田氏

 弘前大学のように街の中心部に大学が存在していることは,非常に得がたい環境ですね。首都圏などでは郊外に移転する大学も多く,街の中に大学が溶け込んでいません。郊外にあるということは勉学には有利かもしれませんが,学生が街に出てこない傾向もあります。
 私には「学生は社会で学ぶ」という理念があり,自分自身も学生時代,様々な立場や経歴を持つ人たちとのふれあいの中で,社会や人生を学んだ経験があります。弘前大学もそれができる環境にあると思っています。


佐藤学長

 東京の伝統ある私立大学が立地する街には学生街があります。大学の規模が大きくなると郊外に出て行く場合もありますが,再び街に戻って来る大学が増えています。


河田氏

 攪拌装置という意味の一つはそういうことで,学生が街から切り離された場所で学ぶのではなく,人が混じり合う街の中で勉強だけではなく社会を学んで欲しいと思っています。市民も学生と交わることで,大学をより身近に感じ,若者と触れ合うことで元気をもらえるなど刺激を受けることに繋がります。アルバイトもそういう意味では非常に重要であり,人間力の強化に繋がると感じています。


佐藤学長

 一部の国立大学でも郊外に出て行った大学もあります。本学もキャンパスが狭隘だという理由で郊外への移転話もありましたが,大学としては市内から動かず良かったと思っています。

弘前大学の地域貢献について

河田氏

 「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」というのは,県内に就職先を作り,そこに学生が就職できるようにする取組と認識しています。取組自体は大変素晴らしいものですが,地元出身の学生は一旦県外や国外に出て経験を積み,それから県内に戻ってきて欲しいという思いもあります。
 弘前市は空港や新幹線,高速道路からも離れており,交通アクセスの面からは有利とはいえません。しかし,その環境が弘前という街を性格付けている一面もあり,歴史と伝統が残る街の一因となっています。また良い面として,昔ながらの日本人の上品さを保っており,市民の心の佇まいが高い街だと感じています。一方で人間関係が濃密であるがゆえの問題点もあるように感じますが,それゆえこの街に弘前大学があることの意味は大きいと思います。
 弘前大学に全国や海外から学生が集まり,攪拌し交わる。個性や価値観が違う若者が弘前大学で揉まれ,街で揉まれることが,地方大学としての弘前大学の強みであると思います。更に,教職員も学生ともっと交わっていただき,学生たちの人生に影響を与えるような攪拌が起こることを期待しています。


佐藤学長

 最近,議論となっている東京23区で大学新設を認可しないとの報道がありました。教育活動そのものに問題があれば別ですが,目的意識を持たずに人と地域,学生と地域が攪拌し合って多様な環境の中で何が生まれるのかを問うのが高等教育のあるべき姿だと思います。私の理想としては,いろんな人が本学に来て多様な活動をすること,それをお膳立てすることが本学の役割だと思っています。


河田氏

 COC+も高等教育の場としての弘前大学も,地域への貢献というものをポリシーとして掲げていますが,学生一人一人の人生にとって何がベストかという事を考えたとき,地元ではなく都会に行ってみたいという選択肢を学生が持っていたら,積極的に出て行ってもらうことも重要ではないでしょうか。ずっと地元にいることがその人の人生にとってベストとは限らないこともあります。地域のためという視点を先に考えがちですが,学生一人一人にとって何がいいのかを考え,アンビバレントな視点が出てきても良いのではないでしょうか。


佐藤学長

 個々の学生の人生を考えたときに何が良いのかの問いかけに対して,地元に残るのもいいですよという選択肢を作っていく努力が大切です。地元企業からの求人は秋に多く来ますが,一部上場企業からの求職は解禁後すぐに来ます。地元企業も上場企業に対抗して求人を早めに出していただくように依頼していますが,我々も地元企業の良さや,地元で生活し仕事をする事の良さを学生に伝える必要があります。都会の大学に行っても地元に帰ってきたいと思えるような環境をもっと作っていくことが我々の役目であり,本質はそこにあると思います。


河田氏

 選択肢が地元にあまりないという状況は改善していかなければなりませんね。


佐藤学長

 これまで就職支援と言っていたものは,実はキャリア教育の一環でしかありません。就職ということだけを考えると成果としては非常に限られたものになってきます。例え最終的に個人の就職先の選択がどこの地域になろうと,大学は学生に対して多くの情報を提供するキャリア教育をきちんとやっていくことが一番大事だと思っています。しかし首都圏の企業と比べると給与の格差があり,企業のブランドイメージの差もあります。そこで給与格差とは何か,企業ブランドとは何かをキャリア教育の一環としてしっかり学生に教えていくということもCOC+の大きな要因の一つと考えています。


広報活動の取組について

佐藤学長

 本学では広報にも力を入れており,昨年7月に全国紙に全面広告を掲載しました。当該全国紙に広告を載せた地方の国立大学は本学だけであり,学内で様々な議論もありましたが,地方大学の本学だからこそ全国紙に広告を出す意義があったと思っています。地元紙の場合は,中身に踏み込んだ情報発信が必要だと感じています。


河田氏

 東奥日報は県内の大学で唯一,弘前大学に担当記者を配置しています。弘前大学は県内で唯一の国立大学で規模も大きく,様々な情報発信がなされる大学だという認識があるからです。そのような中で弘前大学の様々な記事が本紙の紙面に載っていることは,弘前大学のPRに貢献していると思います。


佐藤学長

 昔は同じ県内にありながら,八戸地区の学生は岩手大学へ進学することが多く,同じ県内にある弘前大学にもう少し進学して欲しいという議論がありました。日頃から地域におけるプレゼンスを高めないと入試の際に依頼だけしてもあまり意味が無く,県南地域と弘前大学の関係がもっと深まらないといけないと感じています。そういう意味では貴紙で本学を取り上げていただいていることは大変ありがたいことです。


河田氏

 新聞記事を広告という視点で見るのではなく,大きな構造の中で報道機関との関係を考えていただければと思います。
 報道機関の立場から申し上げると,記者が大学を取材するとき非常に専門的な話を理解し,それをどう伝えるかという作業があり,非常に敷居が高いと感じることがあります。いわゆる「専門性の壁」と呼んでいますが,大学は象牙の塔という言葉もあるように,外から窺い知れない部分もあります。できれば情報をオープンにし,開かれた大学であって欲しい。そして適切な大学の状況を読者に伝えたいと考えています。


佐藤学長

 そういう「専門性の壁」という認識は医学の世界にもあり,全ての人がある一定レベルの医学や人体に関する知識を持った上で新聞記事を読んでいただければいいなと思っています。そういう意味では,医療に特化した科学情報を学ぶ人たちを養成するのも大学の役割ではないかという議論がずいぶんありました。実際にそういう課程を設けている大学もあります。


河田氏

 近代社会において医療は大学の医学部に独占されています。自分自身の体のことなのだから,基礎的な医学教育を小中高のカリキュラムに入れてやるべきだと思いますし,大学だからこそ果たせる役割もあるのではないでしょうか。


短命県返上について

河田氏

 先日,ある個人が青森市に20億円を寄附したことが話題となりました。その方によると,中路先生(医学部特任教授)の講演を聴いて,青森県の現状に衝撃を受けたことがきっかけだったそうです。これも弘前大学の活動成果の表れだと認識しています。しかし,短命県返上については,基礎的な知識がまだまだ不足していることもあり,我々県民が生活習慣を変えていくまでには至っていません。報道機関も同じですが,これは人ごとと捉えずに義務教育の場や,大学としてもアプローチしていただくことが大切です。


佐藤学長

 青森県も世界的に見れば十分長寿ではありますが,長野県の平均寿命と比べると男性で3歳位の差があります。青森県は各年齢で死亡率が高く,特に40~50代の死亡する男性の数が多いので,そこは単なる平均寿命の数値の違いではなく,そういう実態を考慮する必要もあります。ただ「短命県」というフレーズだと平均寿命という議論になりがちですが,本当はもう少しかみ砕いた議論ができれば一番良いと感じています。また,「短命県」という言葉の理解を進める必要があります。


河田氏

 そのような方向修正をできるのは弘前大学だからではないでしょうか。学長がイニシアティブを持って取り組んでいただければと思います。


佐藤学長

 健康のためには禁酒,禁煙,減塩など一見ストイックな生活を求める部分もありますが,一人一人の価値観の違いもあり,生活習慣を変えていくことはなかなか難しいことです。そういう意味では子供の時からそういう習慣を身につけていくことが大切ですね。最近の動きでは,各自治体や企業において健康宣言を行うなど,県民運動へ発展してきています。


河田氏

 報道機関においても,新聞紙上でキャンペーンを展開しており,情報発信に努めています。


高齢化と人間の死

河田氏

 高齢化の進行と共に多くの人が死んでいくということに対して,今の社会はオープンな議論ができていないと感じています。人は必ず老いて死ぬ生き物です。今の風潮だとどうしたら老化しないか,どうしたら長寿になるかを求めていますが,それを目的にすると人生においては敗北が待っています。今の医療の体制や社会の考え方も老いること,死んでいくことは敗北だという価値観の中で動いていますが,これは変わって欲しいと感じています。どういった老いや死を選ぶかは個人に委ねられており,そういう意味では,病院という場所は日常的にそういった問題を扱っている所であるため,いろいろな経験・知見があると思います。今ターミナルケアや緩和ケアという考え方も浸透してきていますが,まだまだと感じています。


佐藤学長

 我々は意外に死に向き合っていません。それは命の本質に関わることであるからです。できるだけ現実論になるまでは遠ざけておきたいという生命の本質のようなところがあるのでしょう。人間が長生きする動物になっていくなかで,人間としての死への向き合い方もきっとあると思います。昔から「メメント・モリ(自分が必ず死ぬということを忘れるな)」という言葉がありますが,その言葉の表面的な意味にとどまっています。ターミナルケアは医療として提供はしますが,どうあるべきなのかという議論にはなかなか向き合っていません。


河田氏

 なぜ死が怖いかというと,一つは自分という存在が消えることの恐怖,もう一つは死ぬとき苦しむのではないかという恐怖ではないでしょうか。苦しむというところはテクニカルな問題なので,緩和ケアなどの医療技術で対応できるかもしれません。しかしもう一つの精神的な恐怖というものに対しては,きちんとした宗教観を持っている人は別として,たいていの日本人は準備がないままに死と向き合うことになります。
 東北大学では,東日本大震災の被災地や医療現場で心のケアに当たる宗教者の専門職「臨床宗教師」の講座を設けるなどしています。そこでは従来医学では譫妄で片付けられていたことでも,当人の主観的な救いになるのであれば否定しないという考え方をしています。死というものを医療の側からも否定せず受け入れていくという方向でやっていこうとしており,そういった取組が進んでいけばいいのではないのでしょうか。医学は生理学的なものですが,これからはそういったものを考える仕組みも大学の中にできて欲しいと考えています。


佐藤学長

 死ぬ際の苦痛については,既に国によっては安楽死を法制化する考えもあります。もう一方の自分という存在が無くなることへの恐怖に対する答えは医学にはありません。だからといって医学が無関係だとは言ってはいけませんが,従来の医学には無いからこそ考えていかなければなりません。


河田氏

 もしかすると心理学というところからアプローチできるかもしれませんね。


佐藤学長

 人の心や精神を扱う医学として精神医学がありますが,医学はなんとか治すことを重視してきました。その考え方を少し広げなければいけないのかもしれませんね。


河田氏

 九州大学で池見酉次郎先生が心療内科を立ち上げた際,それまでの医学と全く違うものであったため,当時はオカルト扱いされたという話を聞いたことがあります。当時はマルクス主義の時代で医学の世界も唯物論の影響をかなり受けていましたので,「病は気から」などは認めていませんでした。しかし,臨床の世界では「病は気から」も一定の合理性はあるのではないでしょうか。心の有り様と医学は近いのではないですか。


佐藤学長

 「病は気から」を生理学的・生物学的に理解しようとするから難しくなるのではないでしょうか。人文社会学的なアプローチもあると思いますが,従来の日本の西洋医学界では,自然科学的に理解や対応できないものは余り扱ってきませんでした。


河田氏

 医学でも人間を総合的に考えようとすると,権威ある大学病院のなかでは公認されないようですね。現実の社会的なムーブメントにも反映されません。大学からアプローチをしていただいて,だんだんと権威付けられて国民に浸透していけば良いなと思います。アカデミズムの世界と現実社会の差がありますが,先程の例のように東北大学では取り組んでおり,弘前大学でも取り組んで欲しいと思っています。
 「死ぬ瞬間」の著者である,エリザベス・キューブラー=ロスは精神科医として有名ですが,キューブラー=ロスの死へのプロセスが日本人にマッチするかというと,そうはいかないようですね。文化とか習慣とか,死に至るプロセスが違うようだと言われています。では日本人はどのように死というものを迎えていくのかという研究が現在はほとんど無いと聞いています。

佐藤学長

 そういった点では日本人は難しいですね。仏教も神道もなんでもありなところがあるような気がします。西洋ではキリスト教がベースとしてありますが。


河田氏

 日本人は無宗教と言われますが,神道的な何か大きなものに還っていくという感覚がそこにあるのではないのでしょうか。無宗教・無神論者であれば心の平静が保ちづらいと思います。日本人は無宗教ではあるけれど無神論ではないような気がします。


佐藤学長

 そういった部分をどうやって体系付けていけるかが難しいですね。学問化していくのは難しいですがそういった取組は必要だと思います。
 学問とは先人の業績があって,それをかみ砕き,それを次の人が発展させていくという綿々たる流れがあります。しかし新たな学問体系を作っていくことはある意味大学にとっては苦手な部分かもしれません。


河田氏

 学問の力は当然認めながら,一方で現場の力も大切であると思います。医師に限らず現場の方々の膨大な体験を集積していければ良いですね。現場から生まれる体験論的な知恵をフィードバックしていく仕組みが大切だと思います。なかなか社会が望んでいない部分もあるかもしれませんが,大学がイニシアティブを持って対応してくれることを期待しております。



学長応接室での記念撮影
    

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