リアルなナノ粒子を自在に操作できる世界最小TVゲーム 情報空間と物理空間をつなぐ複合現実ディスプレイを開発
2025.01.23
研究
プレスリリース内容
本件のポイント
- 情報空間とナノ物理空間をリアルタイムにつなぐ「ナノ複合現実※注1)」を実証した。
- ナノキャラクターと現実のナノ粒子が同じ空間で相互作用する世界最小のゲームを実現。
- 力場呈示ディスプレイの原理は、集束電子線※注2)の高速走査により電場と光学像を動的パターンとして生成し、ナノ粒子との静電相互作用により力場として作用させる原理である。
〈研究紹介動画〉https://youtu.be/1l1m24Wty00
研究概要
名古屋大学大学院工学研究科の星野 隆行 教授らの研究グループは、弘前大学大学院理工学研究科の一戸 嘉允 大学院生との共同研究で、ナノスケールの力場呈示ディスプレイを新たに開発し、情報空間とナノ物理空間をリアルタイムにつなぐ「ナノ複合現実」を実証しました。
研究グループでは、これまで低加速電子線を用いた微細操作の研究により、バーチャル電極ディスプレイの技術開発を進め生体分子操作の研究に取り組んできました(2021年8月弘前大学プレスリリース)。
本研究では、ナノサイズに集束した電子線を高速走査することにより、ディスプレイ面に電場と光学像の動的パターンを生成して、ナノ粒子との間に働く力場をリアルタイムに制御することに成功しました。この力場呈示ディスプレイを用いて、情報空間とナノ物質空間をリアルタイムにつなぐ「ナノ複合現実」を実証し、ナノ世界で自由自在に操ることができる「世界最小のシューティングゲーム」をデモンストレーションしました(紹介動画参照)。この技術を応用することで、ナノ物質に情報空間を重ね合わせる分子・コンピュータ・インタフェースへの発展が期待されます。
本研究成果は、2025年1月8日付で学術雑誌『Japanese Journal of Applied Physics』電子版に掲載されました。
研究背景と内容
本研究では、ナノサイズに集束した電子線を高速走査することにより、ディスプレイ面に電場と光学像の動的パターンを生成して、ナノ粒子との間に働く力場をリアルタイムに制御することに成功しました。この力場呈示ディスプレイを用いて、情報空間とナノ物質空間をリアルタイムにつなぐ「ナノ複合現実」を実証し、図1に示すようなナノ世界で自由自在に操ることができる「世界最小のシューティングゲーム」をデモンストレーションしました。
デモンストレーションで使用したゲームでは、自機(二等辺三角形状)と弾(ドット)はバーチャルにナノ空間に呈示され、敵キャラクターに見立てた現実のナノ粒子(ポリスチレン球)に当てることで実際に弾くことができるシューティングゲームです。プレイヤーは、呈示キャラクターやナノ粒子の動きを顕微鏡のカメラでリアルタイムに見ながらジョイスティックで自機を自由自在に操作してゲームをプレイすることができます。

(図1)現実のナノ物理空間に情報空間からゲームキャラクターを光学像と力場として重畳し、現実のナノ粒子と呈示キャラクターが相互作用する複合現実を構成している。 自機(Fighter)を操作し、現実のナノ粒子に(Bullets)を当てて撃退するシューティングゲームであり、コンピュータ上の情報空間で生成したデータと現実のナノ粒子とがリアルタイムに相互作用することを示したデモンストレーションである。
この「ナノ複合現実」を支える技術が、本研究で開発したナノスケールの力場呈示ディスプレイです。力場呈示ディスプレイは、図2(左)に示すように窒化シリコン薄膜(SiN 薄膜)をディスプレイ面として用い、薄膜の裏から集束電子線を高速走査することにより薄膜上に光学像と電場の動的パターンを呈示することができます。SiN 薄膜には、図2(右)のようにカチオン性ポリマーのポリエチレンイミン(PEI)と非イオン性界面活性剤のF-127 を塗布することで界面の分極電位を中立にして電気浸透流の発生を抑えて、溶液中のナノ粒子に静電力だけが働きます。これにより、電子線が入射した場所では、SiN薄膜上の溶液中に分散しているナノ粒子には電気力線にしたがう力場が生じます。コンピュータで電子線の走査形状を生成し、入射することでSiN薄膜上には任意形状の力場を呈示することが可能になります。

(図2)(左)誘電体である窒化シリコン薄膜(SiN)をディスプレイ面として用い、裏面から走査した集束電子線により光学像と電場の動的パターンをコンピュータから呈示する。ディスプレイ面上には現実のナノ粒子が入った溶液が満ちており、上方にある光学顕微鏡で呈示光学像とナノ粒子の動きをリアルタイムに観察することができる。(右)力場呈示ディスプレイ面の拡大図。ディスプレイ面は、厚さ100nmのSiN薄膜の上にカチオン性ポリマーのポリエチレンイミン(PEI)と非イオン性界面活性剤のF-127をコーティングして表面電位を中性に調整している。ディスプレイの裏面から入射した電子は薄膜内で衝突・散乱し停止し、ルミネッセンスによる光学像と電場パターンを呈示する。 ディスプレイ面上の呈示電場とナノ粒子との間に静電力がはたらく。
力場呈示ディスプレイでは、さまざまな形のパターンを呈示することができるので、図3に示すような特徴のあるバーチャルなナノツールを呈示してナノ操作を行いました。電場シミュレーションの結果から、呈示パターンの法線方向に電気力線がならび、呈示力もこれと同じ方向に生じることを実験と計算により確認しました。また、呈示パターンの鋭角な部分では電気力線の集中が生じており(エッジ効果)、この部分で呈示力を増強できることを確認しました。呈示パターンの形状とエッジ効果により呈示できる力場の方向と大きさを自在に変えることが可能です。

(図3)(a)ナノツールの寸法。(b)シミュレーションによる電場分布図。電気力線は呈示パターンの法線方向にならび、ダイヤ型(下)では鋭角部分で電気力線の集中が生じる。(c)実際に呈示したナノツールの光学像。
成果の意義
本成果は、コンピュータ上で生成したバーチャルなナノツールと現実空間のナノ粒子の間に力学的なつながりを持たせることを可能にしたものです。従来のナノツールは、物質的な「物」をあらかじめ用意して作業する必要がありましたが、今回の成果ではコンピュータ上のデータから直接力場を呈示することによって、何もない空間にバーチャルな物体やツールを出現させる複合現実が可能になりました。この技術を応用することで、コンピュータ上で計算したバーチャルなナノ物質と現実のナノ物質をシームレスに融合する「分子・コンピュータ・インタフェース」への発展が期待されます。 たとえば,コンピュータ上から微粒子を集合させる力場を制御することで、何もない空間にナノ構造体を生成・消去することができ、バーチャルなナノ3D プリンタやナノ機械を出現させることが期待されます。また、生命現象をつかさどる細胞や生体分子の現実の動きや機能をコンピュータ上のシミュレーションと同期してつなぐことができれば、これまで、実験やシミュレーション単体では再現性や信頼性の確保が難しかった現象を現実空間で繰り返し再現することや、生体分子をインタフェースとするバイオセンサの機能を状況にあわせてチューニングする研究分野へつながると考えています。
本研究は、日本学術振興会 科研費 19H02100、22K18775、および公益財団法人JKA 機械振興補助事業 2022M-258、2024M-563の支援のもとで行われたものです。
用語説明
- ※注1)複合現実:人工現実感(VR)技術の派生技術であり、現実の物理空間とコンピュータ上の情報空間の間を物理的につなぐ技術。 情報空間から物理空間に干渉でき、同時に物理空間で起きたことが情報空間に反映されることで、あたかも両空間の境目がなくなり、現実の存在とデータ上の存在が同じ環境にいるように感じることができる技術である。
※注2)電子線:負の電荷をもつ電子を高電圧をかけて加速し、ナノスケールまで細く集束させた荷電粒子ビーム。電子顕微鏡や半導体製造など極微細構造の観察や加工に使われるナノテクノロジー技術。
論文情報
論文タイトル: Electron-beam induced electro-force field display for dynamical biomanipulation system
著者: Kain Ichinohe(弘前大学), Ken Sasaki(名古屋大学), Takayuki Hoshino(名古屋大学)
DOI: 10.35848/1347-4065/ada707
URL: https://iopscience.iop.org/article/10.35848/1347-4065/ada707
詳細
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