南の地域のクロサンショウウオほど、卵のうを巡るオス同士の争いが激しいことで、オスの頭と胴体が長いことを解明
2025.06.24
研究
プレスリリース内容
発表のポイント
クロサンショウウオは、春先に山地の池に集まり、卵のう(図1)を巡ってオス同士で争います。岩手大学大学院連合農学研究科(弘前大学配属)の大学院生の森井 椋太さん(現在、東京大学大学院農学生命科学研究科の研究員)は、弘前大学大学院農学生命科学研究科の大学院生の安田 晶南さん(現在、東京大学大学院農学生命科学研究科の大学院生)、西野 敦雄教授、池田 紘士准教授(現在、東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)とともに、温暖な南の地域ほど、卵のうを巡るオス同士の争いが強く、それによりオスの頭胴長(鼻先から総排出口までの長さ;図2)が長くなる方向に進化したことをクロサンショウウオにおいて、明らかにしました。この研究成果は、日本時間2025(令和7)年6月20日に、「Ecological Monographs」誌に掲載されました。
本件の概要
研究の背景
緯度に伴う環境の違いは、生物の体のサイズなど、さまざまな形態に緯度パターンをもたらすことが知られています。従来は、このような緯度パターンがどのように進化したのかを明らかにするために、オスとメスの両方に変化をもたらす自然選択に着目した研究が多く行われてきました。
一方で近年、自然選択だけでなく、片方の性別にのみ変化をもたらす性選択も緯度パターンをもたらす可能性が指摘されていました。例えば性選択は、メスを巡るオス同士の争いなどによって、オスに立派な角のような形質の進化をもたらします。そのため、性選択が緯度パターンをもたらす場合、片方の性別でのみ繁殖に関わる形質に緯度パターンが生まれることが予想されます。また、これまでの先行研究により、オス同士の争いは、繁殖可能な個体数がオスに偏るほど強くなることが示唆されてきました。そのため、繁殖可能なオスとメスの個体数の割合に緯度パターンがあれば、オス同士の争いの強さに緯度パターンが生じ、それによって繁殖に関わる何らかの形質に緯度パターンが生じる可能性があります。しかし、繁殖可能な個体数を野外で調べることは難しく、繁殖に関わる形質に緯度パターンが存在する例もあまり知られていないことから、性選択が実際に緯度パターンをもたらすことを野外で詳細に示した研究はこれまでありませんでした。
このような性選択がもたらす緯度パターンを野外の生物で示し、その緯度パターンの進化を示すことができれば、これまで見過ごされてきた動物の多様化要因を明らかにできると考えられます。
クロサンショウウオは、東北、北関東、北陸、および長野・岐阜に広く分布し、森林などの環境に生息する小型の有尾両生類です。本種は春先に池に集まり、メスは大きな卵のうを産卵し、オスはメスが産む卵のうを巡って争うことが知られています。また、本種のメスは年に1回だけ、1対の卵のうを産卵するため、繁殖したメス個体数の測定が容易で、オスも繁殖期に形態が著しく変化するため(図3)、繁殖可能な期間が推定しやすい利点があります。さらに私たちが行った野外観察により、オスが頭から胴にかけての部位で卵のうを抱えていたため、頭胴長が繁殖成功に影響している可能性を考えました。そこで本研究では、野外調査や飼育実験を行うことで、卵のうを巡るオス同士の争いによって、オスの頭胴長に緯度パターンが進化している可能性を調べました。
研究の内容
最初に、本種を分布域全体にかけて採集し、系統の分布パターンを調べました。その結果、本種は緯度に沿って5つのグループに分かれることが分かりました(図4)。次に、3日に1回の頻度で定期調査を行い、繁殖可能な個体数を推定しました。
その結果、南の地域の方が北の地域よりも繁殖期間が長く、時間当たりでみると繁殖に参加している個体数がオスに偏っていることが分かりました(図6)。その後、野外での行動観察を行い、本種の頭胴長と卵のうの獲得の関係を調べました。
その結果、本種の頭胴長が全長に対して相対的に長いオスほど、卵のうを獲得でき、子孫を残す可能性が高いことが分かりました(図5)。
さらに、本種の頭胴長に緯度パターンがみられるのかを明らかにするために、野外で本種のオスとメスを採集して形態を測定し、緯度間で比較しました。
その結果、オスでは、南の地域の方が北の地域よりも頭胴長が全長に対して相対的に長いという緯度パターンがみられ、メスでは頭胴長に緯度間で差がみられないことが分かりました。また、実験室の中の同一環境で飼育しても、南の地域の方が北の地域よりも、相対的に長い頭胴長の個体に育ったことから、この緯度パターンは遺伝的に決まっていると考えられました。
これらのことから、南の地域では繁殖期間が長いことで、繁殖に参加する個体数がオスに偏るためにオス同士の争いが強く、繁殖に関わる形質である頭胴長が長くなる方向に進化したことが明らかにされました(図6)。
本研究の意義と今後の展開
本研究により、温暖な南の地域ほど、時間当たりでみると繁殖可能な個体数がオスに偏っており、それによって卵のうを巡ったオス同士の争いが強くなり、結果、オスの繁殖に関わる形質として頭胴長が長くなる方向に進化したことで、オスでのみ緯度パターンが形成されたことが明らかにされました。この結果は、性選択が緯度パターンを形成してきたことを示しています。これまで、緯度に伴う繁殖可能な個体数と繁殖に関わる形質の関係性を野外において詳細に調べた研究は行われてきませんでした。
本研究は、野外において性選択がもたらす緯度パターンを示し、その形成過程も示すことができたため、性選択が緯度パターンをもたらすことを野外で詳細に示した、初めての研究例となりました。
論文情報
著者:Ryota Morii, Shona Yasuda, Atsuo S. Nishino, Hiroshi Ikeda(森井 椋太、安田 晶南、西野 敦雄、池田 紘士)
掲載誌:Ecological Monographs
DOI:10.1002/ecm.70017
詳細
プレスリリース本文はこちら(1.86MB)
プレスリリースに関するお問合せ先
※プレスリリース時には、森井氏も弘前におり、直接、取材をお受けする予定です。以下のどちらにでもご連絡ください。
東京大学 農学部 森林科学専攻 森林動物学研究室
研究員 森井 椋太
TEL:0172-39-3590(6月23日から6月27日、弘前大学 西野方)
E-mail:ryoutamorii0515g.ecc.u-tokyo.ac.jp
弘前大学 農学生命科学部 生物学科
教授 西野 敦雄
TEL:0172-39-3590
E-mail:anishinohirosaki-u.ac.jp