弘前大学

細胞の“つかむ力”の違いを利用した、新しい細胞分離技術を開発 ―遠心力を使ったシンプルでやさしいセルソーティング―

2026.01.19

プレスリリース内容

本件のポイント

  • 細胞分離技術は生命科学や医療分野において重要な基盤技術ですが、従来の細胞分離技術は、目印となる物質を細胞にくっつける必要があり、細胞へのダメージによる性質の変化や品質の劣化が課題でした(図1左)。
  • 細胞が表面をつかむ力(細胞接着力)を利用した新しい細胞分離技術を開発し、がん/非がん細胞モデルを使った実証実験でその有効性を実証しました(図1右)。
  • 今回の成果は、がん細胞解析技術への応用だけでなく、ダメージレスかつ高効率な細胞分離技術として再生医療分野での応用も可能となります。
図1

図1:従来の細胞分離技術の概要(左)と本研究で開発した新規細胞分離技術(右)

概要

弘前大学大学院理工学研究科の大竹真央助教、大阪大学産業科学研究所の阿部岳晃特任助教、兵庫県立大学大学院工学研究科の浮田芳昭教授、東京都立大学システムデザイン研究科の三好洋美教授による共同研究グループは、細胞が基質表面をつかむ力(接着力)を利用した新規細胞分離技術を開発しました。

不均一な細胞集団から標的となる細胞を分離する技術は、生命科学や医療分野において重要な基盤技術です。しかし、従来の細胞分離技術では標的の細胞とそうでない細胞を識別するために蛍光色素などを細胞に付加する必要があります。この工程には化学反応を伴うため、細胞へのダメージが避けられず、細胞の性質変化や品質劣化が課題となっていました。

そこで、本研究グループは分離指標として細胞接着力に着目し、化学反応による目印の付加を必要としない遠心細胞分離技術を開発しました。また、開発した細胞分離技術の原理をがん/非がん細胞モデルを用いた実証実験により実証しました。加えて、細胞の脱離を決定する接着パラメータを発見しました。

これらの成果は細胞ダメージが少なく、一度に多くの細胞に対する分離操作が可能となる新規細胞分離技術としての応用が期待できます。正常細胞の集団からがん細胞を分離するだけでなく、再生医療応用に向けた幹細胞の品質維持技術への応用が期待されます。

なお、本研究成果は英国科学誌「Lab on a Chip」にウェブ掲載されました。

研究の背景

不均一な細胞集団から標的となる細胞だけを捕集・分離するセルソーティング(注1)技術は、生命科学および医療分野における細胞解析を支える重要な基盤技術です。現在広く用いられている蛍光活性化セルソーティング(注2)は、高い分離精度を持つ一方で、蛍光色素による標識工程や流路内で生じるせん断応力によって細胞がダメージを受け、性質が変化してしまう可能性が指摘されています。

一方、細胞の大きさや表面の電気的特性など、細胞が本来持つ物理的性質を利用して分離する技術も世界中で研究されています。しかし、これらの手法の多くは直径数百ミクロン(髪の毛の太さ程度)の細いマイクロ流路を備えるマイクロ流体デバイスを使用しており、数百億〜数兆個規模の工業的な大スケール細胞培養に適用するには流量の制約などから限界があり、産業利用が難しいという課題がありました。

発表内容

私たちの研究グループは、細胞を識別する指標として、細胞が基質表面をどれほど強くつかむかを示す「細胞接着力」(注3)に着目し、新たなセルソーティング技術を考案しました。細胞接着力は細胞種によって大きく異なることが知られ、創傷治癒やがん細胞の転移など、生体内で重要な役割を担っています。しかし、従来細胞接着力を測定するには大型で高価な装置が必要で、1細胞ずつ測定するために時間を要することから、セルソーティングのように多数の細胞を扱う応用は困難でした。

本研究では、市販の卓上小型遠心機に搭載できる遠心観察デバイスを開発し、遠心力を加えた際の細胞挙動をリアルタイムに観察することで、複数細胞の接着力を安価かつ同時に評価できる技術を実現しました(図2)。

さらに、がん細胞モデルと非がん細胞モデルを用いた実証実験により、接着力の違いに基づいて細胞を識別できることを確認し、本技術の原理を実証しました。また、遠心力によって脱離する細胞の接着状態を評価することで、細胞種に依らずに細胞の脱離を決定する接着パラメータを発見しました。本技術は、これまで基礎研究にとどまっていた細胞接着力測定を応用研究へと発展させることが可能な、世界初の細胞分離技術です。

図2

図2:遠心細胞挙動のリアルタイム観察

今後の展開

本研究成果は、がん細胞と非がん細胞の識別にとどまらず、不均一な細胞集団から目的の細胞種のみを効率的に捕集・精製する新しいセルソーティング技術としての応用が期待されます。これにより、循環腫瘍細胞(注4)など希少ながん細胞を効率的に取得することによる診断技術の高度化や、がん研究の加速が可能になります。

さらに、iPS細胞(注5)をはじめとする再生医療用の幹細胞(注6)では、培養中に分化してしまった腫瘍細胞や骨芽細胞などの不要な細胞を取り除き、品質と安全性を維持・向上させることが求められています。本技術は細胞に負担を与えずに選別できるため、再生医療における細胞製品の品質管理技術としての応用も期待されます。

論文に関する情報

■ 雑誌名:Lab on a Chip
■ 題 名:Adhesion-based cell sorting platform using on-chip centrifugation
■ 著者名:Mao Otake, Takaaki Abe, Yoshiaki Ukita, Hiromi Miyoshi
■ DOI:10.1039/D5LC00578G
■ URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/lc/d5lc00578g

用語解説

  • (注1)セルソーティング:様々な種類の細胞が混在する中から、特定の細胞種のみを選び出して採取する技術の総称。生命科学・医療分野の研究に広く用いられている。
  • (注2)蛍光活性化セルソーティング:セルソーティングの中で最も広く利用されている方法。細胞表面に蛍光色素などの「目印」を付加し、レーザー照射に対する蛍光反応を利用して細胞を識別・分離する。
  • (注3)細胞接着:多くの細胞は、細胞外基質と細胞接着分子を介して特異的に結合する。この接着分子を介した外界からのシグナル伝達によって、細胞の運動・増殖・分化などが制御される。細胞接着は、組織形成、創傷治癒、がん転移など、さまざまな生体プロセスで重要な役割を担う。
  • (注4)循環腫瘍細胞:原発巣から離れたがん細胞が血液やリンパ液中へ流入したものを指す。これを検出することで治療効果の評価や再発予測が可能になる。一方で、血球など膨大な数の細胞に埋もれた希少細胞であるため、効率的に検出・分離する技術が求められている。
  • (注5)iPS細胞:京都大学の山中伸弥教授らによって樹立された、ほぼすべての細胞に分化可能な「分化万能性」を持つ細胞。再生医療において、移植用組織・臓器の作製など、多くの応用が期待されている。一方で、分化万能性を獲得するリプログラミング工程の影響により腫瘍化する可能性があり、腫瘍化したiPS細胞を除去できる分離技術の開発が安全性向上に重要とされる。
  • (注6)幹細胞:iPS細胞を含む、多様な細胞へ分化可能な能力(多分化能)を持つ細胞の総称。組織修復や再生医療に重要な役割を担う。

詳細

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お問合せ先

【研究に関すること】
弘前大学大学院理工学研究科 助教 大竹 真央
TEL:0172-39-3516 
E-mail:motakehirosaki-u.ac.jp

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弘前大学大学院理工学研究科 総務グループ総務担当
TEL:0172-39-3510 
E-mail:r_kohohirosaki-u.ac.jp