運動習慣に社会的孤立ストレスによる認知機能低下や対人行動異常など、幅広い精神的な問題を改善する可能性があることを発見
2026.03.02
研究
プレスリリース内容
本件のポイント
- 弘前大学大学院保健学研究科 総合リハビリテーション科学領域(馬道夏奈(大学院生)、古川智範准教授、山田順子教授(研究当時)・現青森中央短期大学学長)らの研究グループは、運動習慣に認知機能や対人行動を改善する作用があることを発見しました。
- これにより、運動には脳の広範な神経適応を促す可能性があり、社会的孤立に起因するメンタルヘルス対策に新たな科学的根拠を提供することが可能となります。
- この成果は国際学術専門誌『Physiology & Behavior』2月号に掲載されました。
https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2025.115176
研究の概要
本研究は「友達や仲間との交流が少ないことが若者に悪影響を与える」という社会的な背景に基づき、仲間と隔離されるストレス(社会的孤立ストレス1)によって引き起こされる行動に対し、運動習慣(自発的運動2)がどのような効果をもたらすか、またそのメカニズムを解明することを目的としました。
本研究では、幼少期から単独飼育された雄マウス(ストレス群)を、通常飼育されたマウス(対照群)と比較しました。ストレス群は、多動、やる気・意欲の低下、認識・記憶力の低下、そして他のマウスに対する過剰な接近や攻撃的・回避的な行動といった、複数の行動異常を示しました。ストレス群のマウスに3週間、自由に回し車で運動する機会を与えた結果、運動したグループでは認識・記憶能力3の低下が改善しました。また、他のマウスに対する過剰な接近行動が減り、逃避行動も減少傾向が見られました。一方、抗精神病薬ルラシドン4は、過剰な接近5や攻撃的な行動は減らしましたが、記憶力の低下や逃避行動6については改善が見られませんでした。
この結果は、運動習慣が、特定の受容体に作用する薬物治療(ルラシドン)だけではカバーしきれない幅広い症状を改善できる可能性を示しています。ルラシドンが特定の脳内受容体(ドパミンやセロトニン7受容体)に直接作用するのに対し、運動は、脳の神経細胞の成長を助ける「神経栄養因子8」の分泌を促したり、ストレスに対する脳全体の調整機能を高めたりするなど、より広範囲な脳の適応メカニズムを活性化させている可能性が示唆されます。
運動は、社会的ストレスに起因する精神的課題に対し、副作用のリスクが少なく、誰でも手軽に始められる科学的根拠に基づいた介入手段です。本研究は、特に社会的孤立の影響を受けやすい青少年や高齢層に対する、新しいメンタルヘルス対策(運動療法)の確立に寄与することが期待されます。

本研究の概略図:社会的孤立ストレスによる行動異常と運動・薬物介入の効果比較
社会的孤立ストレスを受けたマウスは、他者への過剰な接近、攻撃的・回避的行動、認識・記憶能力の低下などの行動異常を示しました。自発的運動(回し車)による介入では、認識・記憶能力の改善や過剰接近・逃避行動の減少が見られた一方、抗精神病薬ルラシドンでは、過剰接近や攻撃行動の抑制は確認されたものの、認知機能や逃避行動への効果は限定的でした。それぞれの介入は異なる神経メカニズムを介して作用している可能性があります。
用語解説
- 1. 社会的孤立ストレス:仲間と接する機会を奪われた状態が続くことで生じるストレス。マウスでは単独飼育によって再現され、人間の孤独状態のモデルとして用いられる。
- 2. 自発的運動:マウスが自分の意思で回し車を走る運動モデル。強制的な運動と異なりストレスが少なく、人間の「自主的な運動習慣」に近いとされる。
- 3. 認識・記憶能力:新しい物と見慣れた物を区別する能力。マウスでは「新奇物体認識試験」で評価され、認知機能の指標として用いられる。
- 4. ルラシドン:抗精神病薬の一種。ドーパミン9受容体やセロトニン受容体に作用し、興奮や攻撃性、気分の不安定さを抑える効果がある。
- 5. 過剰接近行動:見知らぬマウスに必要以上に近づき、長時間にわたり匂いを嗅ぐ行動。社会性の乱れや対人行動の異常を示す指標とされる。
- 6. 逃避行動:相手から急に離れたり逃げたりする行動。社会的ストレスや不安の高まりを反映する行動指標。
- 7. セロトニン系:脳内で気分の安定、不安の調整、攻撃性の抑制などに関わる神経系。運動がこの系を活性化する可能性が示唆されている。
- 8. 神経栄養因子:脳の神経細胞の成長や維持、可塑性を助ける物質。運動によって増えることが知られており、脳機能の改善に関与すると考えられている。
- 9. ドーパミン系:動機づけ、報酬、攻撃行動などに関わる神経系。ルラシドンが主に作用する経路であり、薬物治療の効果と関連する。
詳細
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お問合せ先
弘前大学大学院保健学研究科 准教授 古川 智範
TEL:0172-39-5985
E-mail:gdb-ehirosaki-u.ac.jp

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