雄が“妊娠”する陸奥湾のヨウジウオ、最大9匹のメスと配偶 -遺伝解析で明らかになった著しい乱婚制-
2026.09.30
研究
プレスリリース内容
本件のポイント
- 弘前大学大学院農学生命科学部の曽我部篤准教授らの研究グループは、陸奥湾に生息するヨウジウオ(Syngnathus schlegeli)が、雌雄ともに複数の相手と配偶する乱婚型の配偶システムをもつことを明らかにしました。
- 雄は1回の卵保護期間中に平均5個体、最大9個体の雌と配偶しており、9個体という配偶者数はヨウジウオ科魚類でこれまでに報告された中で最も多く、雄が卵保護する魚類全体でも最多である可能性があります。
- 斎堂島(青島市、中国)で行われた先行研究と比較したところ、陸奥湾のヨウジウオは、雄の体サイズが大きく、保護する卵数が多いだけでなく、配偶者数も多いことが分かりました。このことから、本種では生活史形質や配偶システムに地理的な変異が存在する可能性が示されました。
- この研究成果は、2026(令和8)年9月20日に、「Journal of Fish Biology」誌のオンライン版に掲載されました。
(https://doi.org/10.1111/jfb.70661)
本件の概要
ヨウジウオ科魚類では、雄の腹部または尾部にある「育児嚢」と呼ばれる器官に雌が卵を産みつけ、雄は卵が孵化するまで保護します。育児嚢の中では、単に卵を守るだけでなく、発生中の胚への栄養供給や酸素供給も行われることから、ヨウジウオ科魚類の雄による卵保護は「妊娠」に例えられることがあります。こうした特殊な子育てを行うヨウジウオ科魚類では、一生同じ相手と配偶する一夫一妻から、雌雄ともに複数の相手と配偶する乱婚まで、非常に多様な配偶システムがみられ、種内においても配偶システムが時空間的に変化することが知られています。そのため、ヨウジウオ科魚類は配偶システム決定の進化的・生態学的要因を解明するうえで、格好の研究対象となっています。
日本沿岸を含む東アジア地域に広く生息するヨウジウオ Syngnathus schlegeli について、配偶システムには地域による違いがある可能性が指摘されてきました。これまでに調査された中国の斎堂島の個体群では、1個体の雄が平均4.3個体の雌と配偶することが遺伝解析によって明らかにされていました。しかし、雌が何個体の雄と配偶するのかは調べられておらず、本種が1個体の雄が複数の雌と配偶する一夫多妻なのか、それとも雌雄ともに複数の相手と配偶する乱婚なのかは分かっていませんでした。
そこで、弘前大学大学院農学生命科学研究科の遠藤 赳寛さんと曽我部 篤准教授(弘前大学農学生命科学部)らの研究グループは、青森県陸奥湾のアマモ場に生息するヨウジウオを対象として、マイクロサテライトDNAマーカーを用いた親子判定を行い、配偶システムを調査しました。研究では13個体の雄と20個体の雌を採集し、このうち十分に発達した卵を保護していた雄10個体について、育児嚢内の卵がどの雌に由来するのかを調べました。その結果、妊娠していた雄の育児嚢には942~1729個もの卵が入っており、それぞれの雄は3~9個体、平均5個体の雌から卵を受け取っていることが分かりました(下図)。一方、同じ雌に由来する卵が異なる2個体の雄の育児嚢から見つかった例も4例確認されました。つまり、雄だけでなく雌も複数の相手と配偶していることが遺伝的に確認されました。
これらの結果から、陸奥湾のヨウジウオは、雌雄ともに複数の相手と配偶する乱婚型の配偶システムをもつことが明らかになりました。特に注目されるのは、1個体の雄が最大9個体の雌と配偶していたことです。これは、1回の卵保護期間中の雄の配偶者数としてはヨウジウオ科魚類でこれまでに報告された中で最も多く、研究グループが把握している限り、父親が卵を保護する魚類全体でみても最多の記録です。
なぜ陸奥湾のヨウジウオの雄はこれほど多くの雌と配偶するのでしょうか?一つの可能性は、雄が育児嚢で保護できる卵数と、雌が一度に産むことのできる卵数との違いです。陸奥湾では雄の体が雌より大きく、大きな育児嚢をもっています。本研究では、すべての雄が育児嚢を複数の雌から受け取った卵で満たしていました。このことから、1個体の雌だけでは雄の育児嚢を満たすだけの卵を供給できず、雄が複数の雌と配偶する必要がある可能性があります。ただし、3~4個体の雌との配偶で育児嚢を満たしている雄もいたため、この仮説だけでは最大9個体という非常に多くの配偶相手をもつ理由を完全には説明できず、その要因を解明するためにはさらなる研究が必要です。
さらに、今回調査した陸奥湾の個体群を、これまで遺伝的な配偶システムが調べられている中国・斎堂島の個体群と比較すると、興味深い地理的な違いがみられました。斎堂島では雄の配偶相手は平均4.3個体、最大7個体でしたが、陸奥湾では平均5個体、最大9個体でした。また、陸奥湾の雄は斎堂島の雄よりも大型で、保護する卵数も多いことが分かりました。
ヨウジウオ属の他種では、高緯度の個体群ほど体が大型になり、雄が保護する卵数や配偶相手数が増加する例が知られています。今回明らかになったヨウジウオの地域差も、これと似たパターンを示しています。ただし、ヨウジウオで配偶システムが詳しく調べられているのは、現時点では陸奥湾と斎堂島の2個体群だけです。そのため、緯度に沿って配偶システムが変化していると結論することはまだできません。今後、日本を含むより広い地域の個体群を比較することで、なぜ同じ種でありながら地域によって配偶システムが異なるのか、また、その違いに体サイズや水温などの環境条件がどのように関係しているのかを明らかにできると期待されます。
論文情報
■ 著者:Takehiro Endo, Masashi Sekino, Atsushi Sogabe
■ 掲載誌:Journal of Fish Biology
■ DOI:10.1111/jfb.70661
■ URL:https://doi.org/10.1111/jfb.70661
詳細
プレスリリース全文は こちら(789KB)
お問合せ先
農学生命科学部 准教授 曽我部 篤
TEL:0172-39-3950
E-mail:sogabehirosaki-u.ac.jp



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