弘前大学

海洋島の固有カメムシの発生消長を世界で初めて解明 ~世界自然遺産で昆虫保全に資するインフラを整備~

2026.10.30

プレスリリース内容

本件のポイント

  • 海洋島(大陸と一度も陸続きになったことのない島)の固有カメムシの発生消長(個体数の季節変動)を生息地における通年調査で初めて解明しました。
  • 世界自然遺産として知られる小笠原諸島の父島で8科9種を調査しました。
  • 6種では一年を通じて成虫または若虫が確認されました。
  • 1種では晩秋から初冬にかけて成虫と若虫が確認されませんでした。

絶滅危惧種を含む固有カメムシで調査に適した個体数の多い時期が判明したので、保全に向けた生息状況の把握などに役立ちます。この成果は2026(令和8)年10月30日11時に国際学術誌「Journal of the International Heteropterists’ Society」に掲載されました。

本件の概要

背景

東京都本土から約1,000km南に位置する小笠原諸島は、大陸と一度も陸続きになったことのない海洋島です。他の島との長い隔離の歴史の中で、世界でもここにしか生息しない固有種が数多くもたらされました。一方、外来生物や気候変動によって多くの固有昆虫の保全が課題となっています。

小笠原諸島には、絶滅危惧種を含む30種の固有カメムシが知られています。これらを保全するには、生息する場所に加えて、成虫や若虫がいつ現れるのかを知ることが重要です。しかし、海洋島の固有カメムシでは成虫と若虫の発生消長(個体数の季節変動)を定量的な方法で通年調査した研究はありませんでした。

これまで、カメムシの発生消長は生物農薬や害虫など、応用上重要な種を中心に調査されてきました。応用上重要でない種の発生消長は温帯での研究例が大半でした。つまり、小笠原諸島などの亜熱帯に生息する応用上重要でない種では、発生消長の知見が非常に乏しい状況でした。

内容

相馬 純 助教(弘前大学農学生命科学部附属白神自然環境研究センター)と久末 遊 研究員(一般財団法人自然環境研究センター)からなる共同研究グループは、海洋島の固有カメムシの発生消長(個体数の季節変動)を生息地における通年調査で初めて解明しました。世界自然遺産として知られる小笠原諸島の父島で8科9種を毎月調査し、成虫と若虫(成虫になる前の発育段階)の個体数を記録しました(表1、図1)。その結果、6種(オガサワラケシカタビロアメンボ、ケブカオヨギカタビロアメンボ、オガサワラミズギワカメムシ、オガサワラグンバイ、オオムラハナカメムシ、ムニンヒゲナガカメムシ)では一年を通じて成虫か若虫が確認されました。一方、1種(オガサワラチャイロカスミカメ)では晩秋から初冬にかけて成虫と若虫が確認されませんでした。残り2種(ムニンアシナガサシガメ、オガサワラシロヒラタカメムシ)では確認された個体数が少なく、さらなる調査が必要です。温暖な亜熱帯の島でも、固有カメムシの出現時期は種ごとに異なることが判明しました。

通年で個体が確認された6種では、近縁種の発育期間から年に複数世代が発生する可能性が示唆されました。若虫の発育期間を飼育下で記録することで、より正確な年間世代数の推定が期待できます。

表1.本研究の対象と調査結果の概要.

表1.本研究の対象と調査結果の概要.

本研究では9種のうち8種を1地点で調査しました。滝の周辺などの湿った岩壁に生息するオガサワラミズギワカメムシのみを2地点で調査しました。片方の調査地では一年を通じて成虫と若虫が確認されました。もう片方では干ばつで渇水してから8ヶ月後まで確認されませんでした。この結果は、調査時の水量などの環境条件を考慮して生息の有無を判断する必要性を示唆しています。

ムニンヒゲナガカメムシが所属するヒゲナガカメムシ科では、これまで発生消長の知見がありませんでした。本研究は本科の種の発生消長を世界で初めて解明しました。

図1.本研究で調査した固有カメムシとその生息環境.

図1.本研究で調査した固有カメムシとその生息環境.

意義と展望

発生消長は基礎的な知見ですが、定量的な調査に大変な労力がかかります。本研究では筆頭著者の久末さんが9種で通年調査を完遂してくれました。小笠原諸島の固有昆虫には絶滅危惧種が多く、調査対象だとケブカオヨギカタビロアメンボが環境省レッドリスト2020と東京都レッドデータブック2014で絶滅危惧II類に選定されています。絶滅の危機に瀕する固有昆虫を保全するには生息状況の把握が重要です。しかし、種ごとに個体数が多い(観察しやすい)季節が解明されていなければ、絶滅リスクを過大(過小)評価する可能性があります。例えば、オガサワラチャイロカスミカメを晩秋から初冬にかけて調査しても、見つかることはありません。しかし、先行研究では近年の確認地点数が他のどの固有カメムシでも多いです。本研究でも発生時期に多くの個体数が記録されました。オガサワラチャイロカスミカメは環境省レッドリスト2020と東京都レッドデータブック2014で準絶滅危惧に選定されていますが、絶滅リスクが過大評価されてないか再検討すべきです。逆に、珍しい固有種でも個体数が多い時期が解明されていれば、保全に向けた生息状況の把握が円滑に進みます。このように、発生消長の知見は絶滅リスクの評価や保全計画の改善への貢献が見込まれます。

本研究ではヒゲナガカメムシ科の種(ムニンヒゲナガカメムシ)の発生消長を世界で初めて調査しました。本科には日本本土で身近に見られる種(ヒゲナガカメムシ)が存在しますが、これまで定量的な通年調査の対象として扱われていません。結果として、本科の発生消長は小笠原諸島の固有種で初めて解明されました。本研究は固有カメムシの調査から身近なカメムシの調査不足を浮き彫りにしました。

今後、個体数が多い時期に同じ場所で観察することで、外来生物や気候変動による生息状況への影響を検討できます。さらに、寄主植物(摂食する植物)などを特定し、飼育下で発育期間を記録することで、固有カメムシの生活史をより詳細に理解できます。

最後に、本研究は久末さんが自然環境研究センターの小笠原事務所に赴任していた期間に、毎月の観察を積み重ねることで実現しました。日本本土から頻繁に通うことが難しい小笠原諸島では、現地に在住する研究者の貢献が定量的な調査に必要不可欠です。本研究には考察もありますが、重要なのは他の追随を許さない唯一無二のデータです。海洋島の固有昆虫を対象にした通年調査は、世界的に見ても非常に稀な取り組みと思います。現地の研究者が蓄積した固有昆虫の記録を公表(共有)することは、保全計画や継続的なモニタリングを支える基盤となるだけでなく、海洋島における自然史研究の礎となります。

論文情報

■ タイトル:First report on the seasonal occurrence of true bugs (Hemiptera: Heteroptera) endemic to oceanic islands: case studies on Chichijima Island, the Ogasawara Archipelago, Japan
■ 著者:Yu Hisasue & Jun Souma
■ 掲載誌:Journal of the International Heteropterists’ Society
■ DOI:10.11646/jihs.3.4.2

資金援助

本研究の一部は環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20244RB3)の助成を受けました。

詳細

プレスリリース全文は こちら(871KB)

お問合せ先

弘前大学 農学生命科学部附属白神自然環境研究センター
助教 相馬 純(そうま じゅん)
E-mail:jun.soumahirosaki-u.ac.jp
※メールでお問い合わせください