弘前大学

【プレスリリース】交尾をめぐる雌雄の対立がもたらしたメススジゲンゴロウにおける雄の吸盤と雌の毛の進化(農学生命科学部)

2022.03.22

本件のポイント

 ゲンゴロウの仲間には、雄の成虫の前脚に、交尾の際に雌の背中に付着するための吸盤をもつ種がいます。清川僚氏(当時弘前大学大学院農学生命科学研究科所属;現在は青森県職員)と池田紘士准教授は、メススジゲンゴロウの形態と交尾行動を調べ、このゲンゴロウの雄の吸盤が大きいほど雌に強く付着するために交尾に成功しやすいが、それに対抗して雌の背中には毛が進化しており、この毛が多いほど雄の吸盤がはがれやすく、交尾時間が短いことを明らかにしました。また、この形態には地域によって差があり、地域集団の移動分散の歴史や気温と関係していることを明らかにしました。この研究成果は、日本時間2022年3月11日に、「Evolution」誌に掲載されました。

本件の概要

【研究の背景】
 一般に多くの動物では、雌と雄の間における最適な交尾時間や交尾回数の不一致など、繁殖に関わる様々な利害対立が雌雄間で生じ、それは時に雌雄間での異なった急速な進化をもたらします。このような要因によって生じる雌雄間での異なった形態は性的二型形質とよばれ、例えばクジャクの雄にのみ見られる派手な羽などがあげられます。この急速な進化の結果として、一つの種の中でも地域集団間で形態に違いがみられる例も知られています。このような種内の進化を研究することで、雌雄の急速な進化をもたらした要因の詳細にせまることができると考えられます。しかし、これまでの研究では、なぜ種内の集団間でこのような違いが生じたかについては十分に調べられてきませんでした。
 甲虫目ゲンゴロウ科のメススジゲンゴロウは、本州北部と北海道の森の中の池に生息しています。この種では性的二型形質として、雄の前脚に吸盤があり、また雌の背中に毛が生えています(図1)。この雄の吸盤は、雄が交尾の際に雌の背中に付着するために使われます(図2)。それに対し、雌の毛はこの雄の吸盤が付着する部分に生えていることから、雄の吸盤から逃れる効果をもつと私たちは考え、これらの形態と交尾行動の関係を調べました。


図1. メススジゲンゴロウの成虫。体長は1.5cm程度。雌の(A)背面と(B, C)背中の金色の毛。雄の(D)背面と(E)腹側から見た前脚の吸盤。大吸盤1つ(1)、中吸盤2つ(2, 3)、小吸盤多数(4)。

図2. メススジゲンゴロウの交尾を(A)横から見た写真と(B)正面から見た写真。上が雄で下が雌。

【研究の内容】
 本研究では、採集したメススジゲンゴロウの交尾行動を観察して交尾の成功率と交尾時間を調べ、これと、雄の吸盤の大きさや雌の毛の本数との関係を調べました。その結果、交尾時間は平均7時間40分と長く、雄の大吸盤が大きいほど交尾の成功率が高く、また雌の背中の毛の数が多いほど交尾時間が短いことがわかりました(図3A)。雄にとっては交尾の成功がより大事で、それに対して雌にとってはより長い時間を交尾に拘束されることがコストになるために、このような違いが生じたと考えられます。
 また、北海道の集団のほうが本州の集団に比べて雌の毛の数が多いことがわかりました(図3B)。それに対し、雄の吸盤には本州と北海道の間で違いはありませんでした。さらに遺伝子解析の結果から、北海道のほうが池ごとに隔離されて移動がより制限され、あまり池間での移動が生じてこなかったことがわかりました。池間で移動ができないと、雌がその池での雄の求愛(ハラスメント)から他の池に逃げられず、雄からのハラスメントがより強いために雌のコストが大きく、北海道で雌の毛の数が多いと考えられます。
 各生息地の気温との関係についても調べたところ、北海道でも本州でも、気温が高い生息地の雌ほど毛の数が多いことがわかりました(図3B)。一般にゲンゴロウの仲間は水中で生活するものの、えら呼吸は行わないため、定期的に水上にお尻を出して空気を取り入れる必要がありますが、交尾中は雄が雌の上にいるため、雌の呼吸には支障が生じます。気温が高いほど代謝が高く酸素の消費量が多いために、雌が早く交尾を終えて自由に呼吸をしたいためではないかと考えられます。

【本研究の意義と今後の展開】
 本研究により、集団における移動分散の歴史や気温が、交尾をめぐる雌雄の対立の強さの違いを生息地間でもたらし、性的二型形質における生息地間での異なった進化をもたらしてきたことが明らかにされました。野外で起きている種内の集団間の進化について、ここまで細かく要因を調べた研究はこれまでになく、本研究は新たなモデルケースを示すことができました。また、雌と雄では交尾行動におけるより重要な点が異なることから、それぞれがもつ性的二型形質の効果も異なり、雄の大吸盤の大きさが交尾の成功率に、雌の毛の数が交尾時間にそれぞれ影響することがわかりました。このように雌と雄の性的二型形質がそれぞれ異なった影響を交尾行動に与えることも、本研究によって初めて明らかにされました。
 さらに、雌雄の対立に関するこれまでの研究では雌と雄で共進化が生じることがいくつかの例で知られていましたが、メススジゲンゴロウでは北海道と本州の集団間での進化が雄では生じておらず雌のみで生じていることも、新しい事例として示されました。雌の毛と雄の吸盤が交尾行動に対してそれぞれ異なった影響を与えるなかで、北海道と本州における雄によるハラスメントの強さの違いが、雌の毛にのみ対応した進化をもたらしたと推測されます。また本研究では、高温が交尾の際に、雌に対してより大きなコストをもたらすことが示唆されました。気温が雌と雄に対して異なった影響を与えるのであれば、近年の地球温暖化は、雌と雄に異なった影響や進化をもたらす可能性もあるかもしれません。

図3. 本研究で明らかにされたこと

【論文に関する情報】
論文タイトル:Intraspecific evolution of sexually dimorphic characters in a female diving beetle can be promoted by demographic history and temperature
著者:Ryo Kiyokawa and Hiroshi Ikeda

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