弘前大学

人工細胞膜の流れや機能をコンピューターから自在に書き換え ~ナノディスプレイを使って自由自在に分子パターンを描く・消す~

2022.11.08

プレスリリース内容

本件のポイント

  • 我々の体にある細胞は、様々な種類の脂質分子やコレステロール分子などからなる細胞膜を構成しており、細胞の情報伝達に深く関わっています。このため、細胞膜モデルを人工的に作製し研究することは、医学的にはもちろんのこと、細胞膜の機能を人工的に模倣した生体分子デバイスへの工学応用が期待されています。工学的に応用するためには、人工細胞膜の形や機能を自在に制御して、設計したとおりのデバイスへ構築することが重要となります。
  • 今回、人工細胞膜の流動を電子線により自在に制御するディスプレイを開発し、人工細胞膜の流れを制御し、二次元パターン(図形)を繰り返し描いたり消したりすることに成功しました。
  • また、このディスプレイ技術を用い、分子が自発的に集合して脂質膜内に島状のドメイン構造(脂質ラフト)を形成することに成功しました。これは、細胞膜で起きている相分離現象や自己組織構造の形成を模擬するものです。
  • このディスプレイは、人工細胞膜の流れや相分離現象をラピッドプロトタイピングすることができ、デジタル技術と分子現象をつなぐ技術として期待されます。

本件の概要

弘前大学大学院 理工学研究科の星野 隆行准教授と東京大学大学院 情報理工学系研究科 宮廻 裕樹大学院生(研究当時、現 同大学院 助教)らの研究グループは、電子ビーム(EB: electron beam)によって誘発される仮想的なナノ電極(以下、バーチャル電極、VC:virtual cathode)を使用して、人工的に作った脂質二重膜の中に一時的な「バリア」(diffusion barrier)を発生させて、図1に示すように、脂質二重膜の流れやリモデリングを繰り返し書き換えられるディスプレイ技術を開発しました。図2に示すように、加速電圧2.5kVの電子ビームは、100nmの厚さの窒化ケイ素(SiN)薄膜上に形成された支持脂質二重膜(SLB:supported lipid bilayer)に間接的に照射され、形成されたバーチャル電極の周りには局所的な電場と電気化学反応が発生します。電子線の走査をコンピューターで制御することで、電場と電気化学反応を自在に呈示するバーチャル電極ディスプレイを構成します。

今回、バーチャル電極を脂質二重膜に複数回呈示することで、脂質二重膜の形状を自在に書き換えられる現象を発見しました。一度目にバーチャル電極のパターンを呈示することで、支持脂質二重膜がバーチャル電極の呈示パターンに従い除去され、同時に脂質膜の流動をせき止める「バリア」が形成されます。二度目にバーチャル電極のパターンを呈示することで、この「バリア」が除去され脂質二重膜が再度流動できるようになり、「バリア」が除去された形状に脂質二重膜が展開します。これを繰り返すことにより、脂質二重膜を任意の形状に消去と書き換えることができます。脂質二重膜の除去と「バリア」による流動性が変化する現象は、バーチャル電極を窒化ケイ素薄膜に形成した際の電場と電気化学的作用によるものと考えられます。静電斥力がはたらくことで脂質分子が除去され、同時に電気化学作用により生成された微量な堆積物が脂質分子の流動をせき止める「バリア」として関与していると考えられます。「バリア」の形成や消去は呈示電流密度の違いにより操作することが可能です。

これを原理として、コンピューターからバーチャル電極を走査し、脂質二重膜の形状を自在に書き換えられるディスプレイ技術を開発しました。このディスプレイの技術は、脂質二重膜の流れをコンピューターから制御し、脂質二重膜の形状を自在に変化させることができるものです。図3に示すように、反時計回りのらせん状のパターンを形成した後、このパターンを除去し、今度は時計回りのらせん状のパターンを形成することに成功しており、脂質二重膜を自在に書き換えることができます。また、組成によって相分離現象がおきる三成分の脂質二重膜を対象にした実験では、図4に示すように、パターン形成した領域に相分離したドメイン構造(脂質ラフト)の形成を誘発することができ、脂質二重膜内で特定の分子を濃縮できる可能性があることが分かりました。

今回の成果は、脂質二重膜の形状や脂質ラフトの形成などを自在にコンピューターから制御できる技術であり、脂質二重膜を用いたバイオセンサのラピッドプロトタイピングや、細胞膜で起きる現象の再現を容易にできるものです。今後、バイオエンジニアリングや生物学とデジタル技術をつなぐことが期待されます。

本研究成果は、2022年10月29日に学術誌 「Colloids and Surfaces B: Biointerfaces」オンライン版に掲載されました。

雑誌名:「Colloids and Surfaces B: Biointerfaces」(10月29日オンライン版)
論文タイトル: Rapid pattern formation in model cell membranes when using an electron beam
著者:Hiroki Miyazako, Takayuki Hoshino(宮廻 裕樹,星野 隆行)
DOI:10.1016/j.colsurfb.2022.112967

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