弘前大学

寄⽣性扁形動物にはプラナリアに性を誘導する物質が含まれている 〜「顧みられない熱帯病」、吸⾍症撲滅を⽬指した創薬開発の⼿がかりにも〜

2023.01.30

プレスリリース内容

本学研究グループ

農学生命科学部生物学科 小林 一也教授の研究グループ
※小林教授の紹介ページはこちら(農学生命科学部ホームページ「教員紹介」へ)

本件のポイント

  • プラナリアを無性状態から有性状態に誘導することのできる有性化因⼦が寄⽣性扁形動物である単⽣類(主に⿂類に感染)や吸⾍類(主にヒト・家畜に感染)にも含まれていることを明らかにしました。
  • メタボローム解析とトランスクリプトーム解析により、卵巣誘導物質を18種類同定しました。そのうち6種類はプリン代謝に関わる化合物であることから、プリン代謝が有性化機構に重要であることが⽰唆されました。
  • プラナリアで知られていた有性化因⼦が寄⽣性の扁形動物にまで広く保存されていたことは、その下流のメカニズムも単⽣類・吸⾍類の性成熟において保存されている可能性を強く⽰唆します。今後、安全なプラナリアをプラットフォームにして、有性化因⼦を出発とした性成熟の分⼦機構の解明や創薬研究が進めば、単⽣類・吸⾍類による健康被害や経済的損失の軽減につながることが期待されます。

本件の概要

⾃由⽣活性のプラナリアから派⽣したといわれる寄⽣性の単⽣類・吸⾍類は扁形動物の中で最も繁栄しているグループです。これらの寄⽣⾍の多くが宿主依存的に無性世代と有性世代を切り替えており、この⽣殖様式の転換が彼らの繁栄の礎になっています。とくに吸⾍類は、有性世代でわれわれヒトを含む哺乳類の内臓(肝臓や肺など)に寄⽣し吸⾍症の原因となり、「顧みられない熱帯病」として世界規模での問題となっています。⼀⽅、プラナリアは季節などの環境要因で、分裂・再⽣による無性⽣殖と、⽣殖細胞を形成して他個体と交配する有性⽣殖を切り替えます。プラナリアでは無性個体に有性個体をエサとして与えることで無性状態から有性状態に誘導(有性化)できることが古くから知られていて、このことは有性個体に「有性化因⼦」と呼ぶ⽣理活性物質が含まれていることを意味しています。私たちは有性化因⼦を同定することで、これを⼿がかりにプラナリアの⽣殖様式転換の仕組みを解明できると考え研究を⾏ってきました。

本研究では実験的に有性状態への転換をうながすことができるプラナリア、リュウキュウナミウズムシ(注1)(図1)を⽤いて、無性状態から有性状態に誘導することのできる有性化因⼦が、プラナリアとはかなり遠縁の寄⽣性のグループにも含まれていることを⾼速液体クロマトグラフィー(注2)による分画解析によって明らかにしました。この予想外の結果から、⼀⾒、全く異なる現象にみえるプラナリア有性化機構が単⽣類・吸⾍類の性成熟の過程でも保存されていることが⽰唆されました。また、有性化因⼦を含んでいることがわかっているプラナリア卵カプセルを材料にしたトランスクリプトーム解析(注3)やメタボローム解析(注4)によって、有性化を促進する物質として働く卵巣誘導物質が18種類同定され、そのうち6種類はプリン代謝(注5)に関わる化合物であることから、プリン代謝が有性化機構に重要であることが⽰唆されました。本研究の成果は今後、広く扁形動物⾨に保存された有性化因⼦を出発とした分⼦機構の解明につながり、将来的には、有性化(性成熟)を阻害するアンタゴニスト(注6)を作製することで、顧みられない熱帯病とされる吸⾍症による健康被害の軽減などにつながるという波及効果が期待されます。

本研究成果は、2023年1⽉20⽇に国際科学誌「iScience」に掲載されました。

図1.リュウキュウナミウズムシの無性個体(小型の個体)と有性個体(大型の個体)

研究の背景・成果及び今後の展開

詳細につきましては プレスリリースをご覧ください。

用語解説

(注1)リュウキュウナミウズムシ(Dugesia ryukyuensis)
プラナリアは和名をウズムシとよびます。本研究では、1984年に沖縄で採集されたリュウキュウナミウズムシ(Dugesia ryukyuensis)1個体に由来する無性クローン集団、OH株(沖縄[Okinawa]で採集して弘前[Hirosaki]で株化したことに由来する)が⽤いられました。

(注2)⾼速液体クロマトグラフィー
サンプル(液体)中に含まれる物質を化学的な性質(分⼦の⼤きさや極性など)によって分離し、検出できる⽅法。どのような化合物かまでは分からなくても、サンプル中にそれがどれくらい含まれているか、他の物質と分離して調べることができます。

(注3)トランスクリプトーム解析
⽣物の体の中で発現している遺伝⼦(mRNA)を網羅的に解析する⽅法。どのような遺伝⼦がどれくらいの量で発現しているかを調べることができます。

(注4)メタボローム解析
⽣物の体の中にある様々な化合物(代謝産物)を網羅的に解析する⽅法。化学的な特徴をデータベースと照合する⽅法をとるので、主に既知の物質がターゲットとなります。⼈間がまだ把握していない、未知の化合物は残念ながら調べることができません。

(注5)プリン代謝
プリン⾻格をもつ様々な化合物の代謝のこと。DNAやRNAの材料になる物質や、細胞の中で重要なシグナル伝達物質として働く物質などが含まれ、⽣物にとって重要な代謝経路のひとつです。

(注6)アンタゴニスト
ターゲットの化合物の「似て⾮なる」物質。ターゲットの化合物が結合すべき受容体に結合することができてしまいますが、果たすべき機能を果たしません。結果的にターゲットの化合物の機能を阻害することになります。

論文情報

掲載誌:国際科学誌 iScience

論文タイトル:Sex-inducing effects toward planarians widely present among parasitic flatworms

著者:Kiyono Sekii*, Soichiro Miyashita, Kentaro Yamaguchi, Ikuma Saito, Yuria Saito,Sayaka Manta, Masaki Ishikawa, Miyu Narita, Taro Watanabe, Riku Ito, Mizuki Taguchi, Ryohei Furukawa, Aoi Ikeuchi, Kayoko Matsuo,Goro Kurita, TakashiKumagai, Sho Shirakashi, Kazuo Ogawa, Kimitoshi Sakamoto, Ryo Koyanagi, Noriyuki Satoh, Mizuki Sasaki, Takanobu Maezawa, Madoka Ichikawa-Seki*, and Kazuya Kobayashi*(*: 責任著者)

DOI:10.1016/j.isci.2022.105776

本研究は科学研究費補助事業、科学研究費補助事業、新学術領域研究「動物における配偶⼦産⽣システムの制御」(課題番号26114501、16H01249)、科学研究費補助事業、新学術領域研究「配偶⼦インテグリティの構築」(課題番号19H05236)、科学研究費補助事業、基盤研究(B)(課題番号19H03256)、科学研究費補助事業、若⼿研究(課題番号19K16175)、弘前⼤学次世代機関研究によって⽀援されました。

プレスリリース

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本学お問合せ先

弘前大学農学生命科学部生物学科 小林 一也教授
TEL:0172-39-3587
Email:kobkyram(at)hirosaki-u.ac.jp ※ (at) は @ に置き換えてください