弘前大学

【プレスリリース】電気のはたらきで脂質二重膜を押し引きし自在に形を制御 ~生体分子デバイスへ向けてナノディスプレイを開発~ (理工学研究科)

2021.08.31

本件のポイント
  • 脂質二重膜は,細胞の内側と外側を隔てる細胞膜を構成し,我々の体にある細胞の情報伝達に深く関わっており,医学研究だけでなく人工脂質膜を基盤とする生体分子デバイスへの工学応用が期待されています。しかしながら,人工脂質膜はシャボン玉のように柔らかく形が定まっていないため,形を自在に制御して生体分子デバイスをつくることは困難でした。
  • 今回,表面のぬれ性を電場で変えるエレクトロウェッティング効果を自在に制御するバーチャル電極ディスプレイを用いて,人工脂質膜の形状を仮想的なナノ電極の呈示に従って自在に変形させることに成功しました。
  • 本手法を利用することで,これまでその場で形状を制御することが困難であった人工脂質膜を自在に変形させて,望みの形に脂質ネットワークをつくることができるようになり,人工脂質膜を基盤とした新しい生体分子デバイスの研究が加速できると期待されます。
本件の概要

弘前大学大学院 理工学研究科の星野 隆行 准教授,東京大学大学院 情報理工学系研究科 宮廻 裕樹 大学院生(研究当時,現 同大学院 助教)らの研究グループは,電子ビーム(EB)によって誘発される仮想的なナノ電極(以下,バーチャル電極,VC)を使用して,人工的に作った脂質二重膜に流れを発生させて,形を制御するための新しい技術を開発しました。
図1に示すように,加速電圧 2.5 kV の電子ビームは,100 nm の厚さの窒化ケイ素(SiN)薄膜上に形成された支持脂質二重膜(SLB)に間接的に照射され,形成されたバーチャル電極の周りには局所的な電場が発生します。このとき,窒化ケイ素薄膜の表面に展開している支持脂質二重膜がバーチャル電極の呈示に従い変形する現象や,指を伸ばすような形にダイナミックに伸びる現象がおきることを発見しました。これら脂質二重膜の形状が変形する現象は,バーチャル電極を窒化ケイ素薄膜に形成することで,薄膜表面のぬれ性が電気的に変化するエレクトロウェッティング効果により起きると考えられます。
このバーチャル電極ディスプレイの技術は,脂質二重膜の流れを局所的あるいは大域的に制御し,脂質二重膜の形状を自在に変化させることができるものです。単一組成で構成した脂質二重膜を使った場合,図2に示すようにスポット状に呈示したバーチャル電極は,脂質二重膜に局所的な流れを生じさせ,脂質二重膜のエッジはバーチャル電極の周囲でのみ変形します。一方で,3成分からなる脂質二重膜では,図3に示すように,Saffm an-Taylor不安定性として知られる表面不安定現象が誘発され,脂質二重膜のエッジから多数の指が伸びるような大規模な変形を引き起こすことがわかりました。
今回の成果は,バーチャル電極ディスプレイ技術が,脂質膜の流れをマルチスケールに制御することに有効であることを示しており,人工脂質膜に基づく生体分子デバイスの研究に貢献し,分子ネットワーク回路の形成をオンデマンドに制御する技術などへの応用が期待されます。 本研究成果は2021年8月30日(ドイツ時間)に学術誌「Advanced Materials Interface s」オンライン版に掲載されます。
雑誌名:「Advanced Materials Interfaces」(8月30日オンライン版)
論文タイトル: Multi-scale Lipid Membrane Flow by Electron Beam-induced Electrowe tting
著者:Hiroki Miyazako, Kunihiko Mabuchi, Takayuki Hoshino(宮廻 裕樹,満渕 邦彦,星野 隆行)
DOI:10.1002/admi.202100257
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図1.支持脂質二重膜の形状の操作。(a)脂質二重膜にバーチャル電極を呈示することで,エッジを押す,(b)指のように大きく伸ばす変形を起こすことができる。(c)窒化ケイ素薄膜に電子ビームを照射することでバーチャル電極を呈示し,薄膜の表面上のぬれ性を変化させ,薄膜上に展開した脂質二重膜の形状を制御する。脂質膜の外側には親水分子が向いており,薄膜のぬれ性が上がると脂質二重膜は拡がり,反対にぬれ性が下がると後退するように流れる。