頭部MRI画像に眠る新たな健康情報をAIで読み解く―「噛む筋肉」から高齢者の口腔健康の手がかりを―
2026.09.24
研究
プレスリリース内容
発表のポイント
- 頭部MRI画像から、AIを用いて咬筋(こうきん、ものを噛む筋肉)注1の体積を自動で計測する手法を開発しました。
- 弘前地域に在住する高齢者2,077人のデータを解析した結果、咬筋の体積が大きい人ほど、歯の状態、歯周の炎症、口腔機能を総合した口腔の問題が少ないことが分かりました。
- 既に撮像された頭部MRI画像から咬筋を客観的に計測できるため、脳だけでなく口腔の健康状態や加齢に関する新たな手がかりも得られるようになる可能性があります。
本件の概要
高齢者の口腔の健康は、食事や栄養状態、全身の健康にも関わる重要な課題です。一方、ものを噛む際に重要な咬筋は口腔の健康状態を反映する指標として注目されていましたが、咬筋を客観的かつ効率的に評価できる方法は限られていました。
東北大学加齢医学研究所の舘脇康子講師、Liying Chen学術研究員、瀧靖之教授、弘前大学医学研究科の小林恒教授、三上達也教授、弘前大学健康未来イノベーション研究機構の村下公一教授、九州大学大学院医学研究院の二宮利治教授の研究グループは、頭部MRI画像から、この咬筋の体積をAIで高速に自動計測する手法を開発しました。この手法を、大規模な高齢者集団に適用したところ、咬筋の体積が大きい人ほど、歯の状態、歯周の炎症、口腔機能を総合した口腔の問題が少ないことが分かりました。
今回の成果により、既存の頭部MRI画像からAIで測った咬筋体積を高齢者の口腔健康状態を評価する手がかりとして活用できる可能性が示されました。
本研究成果は、2026(令和8)年8月26日にExperimental Gerontologyへ掲載されました。
研究の背景
口腔の健康は、食事や栄養状態だけでなく、全身の健康や生活の質にも深く関わっています。特に高齢になると口腔の状態を良好に保つことが難しくなり、歯の喪失や歯周病、噛む機能の低下など、さまざまな問題が生じます。
咬筋は、ものを噛む際に大きな役割を担う筋肉です。これまでにも、咬筋の大きさと歯の本数やかみ合わせなどとの関連が報告されてきました。一方、大規模な集団を対象とする研究では、口腔状態の評価に歯科検査や質問票、超音波検査などが用いられており、多くの人を同じ方法で客観的に評価するには時間や人手が必要でした。
MRIは脳や頭部の研究で広く用いられており、撮像範囲に咬筋が含まれている場合があります。そこで本研究グループは、既に撮影された頭部MRI画像を活用し、AIによって咬筋を自動的に抽出・計測することで、口腔状態に関する新たな情報を得られないかと考えました。
今回の取り組み
本研究では、まず東北大学病院で取得された頭部MRI画像を用いて、咬筋を自動的に抽出し、その体積を計測するAIモデルを開発しました。専門家による確認と修正を繰り返しながらAIを学習させることで、左右の咬筋を自動的に抽出できるようにしました。
次に、このAIモデルを日本における認知症の大規模研究であるJPSC-AD注2の弘前地域で取得されたMRI画像に適用しました。画像の品質を確認した上で、弘前地域に在住する高齢者2,077人のデータを解析対象とし、弘前大学の歯科口腔外科学講座のチームが歯の状態、歯周の炎症、口腔機能の3つの側面から評価した口腔状態と、AIで計測した咬筋体積との関連を調べました。
その結果、年齢や性別、体格、生活習慣、慢性疾患などの影響を考慮した後でも、咬筋体積が大きい人ほど、総合的な口腔の問題が少ないことが示されました。さらに、3つの側面では、歯の本数やかみ合わせなどの構造的な問題との関連が最も強く、次いで歯周の炎症、口腔機能の低下の順に関連が認められました。
また、咬筋体積が大きい人ほど認知的フレイル注3が少ない傾向もみられましたが、教育歴や慢性疾患などを考慮すると、その関連は明確ではありませんでした。
開発したAIモデルは「オープンソース」ソフトウェアとして公開されており、研究者が利用可能です。
https://github.com/bthyreau/masseter_mri
今後の展開
本研究により、これまで主に脳の評価に用いられてきたMRI画像から、咬筋という別の身体情報をAIで取り出し、口腔状態に関する研究に活用できる可能性が示されました。既に蓄積されているMRIデータを新たな視点から再利用することで、加齢や口腔の健康に関する大規模な研究に役立てられる可能性があります。また、本研究で開発したAIモデルは「オープンソース」として公開しています。今後、さまざまな研究機関やデータベースで利用・検証されることで、MRIを用いた口腔の健康に関する研究の発展や、異なる集団における再現性の確認につながることが期待されます。
なお、本研究は一時点のデータに基づくものであり、咬筋体積と口腔状態との因果関係を示すものではありません。今後は、長期的な追跡研究や外部データを用いた検証を進めていきます。
用語説明
- 注1 咬筋(こうきん):ものを噛むときに使う、あごの筋肉の一つである。
- 注2 JPSC-AD:Japan Prospective Studies Collaboration for Aging and Dementiaの略称。日本の複数地域で実施されている、認知症や加齢に関する大規模な研究。本研究では、そのうち弘前地区で収集されたMRI画像や口腔、身体、認知機能に関するデータを使用した。
- 注3 認知的フレイル:身体的なフレイルと軽度認知障害が同時にみられる状態を指す。本研究では、身体機能の評価と認知機能検査の結果に基づいて評価した。
論文情報
■ 著者:Liying Chen*, Benjamin Thyreau, Yasuko Tatewaki*, Yingxu Liu, Ken Takeda, Taizen Nakase, Shigeyuki Nakaji, Tatsuya Mikami, Yoshihiro Tamura, Wataru Kobayashi, Koichi Murashita, Toshiharu Ninomiya, Yasuyuki Taki
*責任著者
東北大学加齢医学研究所 講師 舘脇康子
東北大学加齢医学研究所 学術研究員 Liying Chen
■ 掲載誌:Experimental Gerontology
■ DOI:10.1016/j.exger.2026.113302
■ URL:https://doi.org/10.1016/j.exger.2026.113302
詳細
プレスリリース全文は こちら(999KB)
お問合せ先
弘前大学健康未来イノベーション研究機構
TEL:0172-39-5436
E-mail:coihirosaki-u.ac.jp



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