弘前大学

ニホンザリガニの本州集団 今後急速に分布を縮小させるおそれ

2023.05.19

プレスリリース内容

本学研究グループ

弘前大学農学生命科学部 日野沢 翼さん(研究当時学部4年)、木浪 咲紀さん(研究当時学部4年)
農学生命科学部 生物学科 曽我部 篤 准教授(農学生命科学部ホームページ「教員紹介」へ)
農学生命科学部 生物学科 東 信行 教授(農学生命科学部ホームページ「教員紹介」へ)
農学生命科学部 生物学科 池田 紘士 准教授(現在東京大学大学院農学生命科学研究科)
元教育学部 大高 明史 名誉教授

本件の要点

ニホンザリガニは、日本に生息するザリガニの中で唯一の在来種で、主に北海道と青森県に自然分布しており、絶滅危惧II類に指定されています。弘前大学農学生命科学部の日野沢翼さん(研究当時学部4年)と木浪咲紀さん(研究当時学部4年)、曽我部篤准教授、東信行教授、池田紘士准教授(現在東京大学大学院農学生命科学研究科)、と元教育学部の大高明史名誉教授は、ニホンザリガニの本州集団の生息環境を調べ、山地の落葉広葉樹林内の河川に分布が制限されていることを明らかにしました。また、将来の分布可能な地域を推定したところ、今後の気候変動に伴って大きく分布を縮小させるおそれがあることが推定されました。この研究成果は、日本時間2023年5月12日に、国際誌「Aquatic Conservation: Marine and Freshwater Ecosystems」に掲載されました。

本件の概要

【研究の背景】

図1. (a) ニホンザリガニと (b) サワガニ

河川は陸地や海のような環境と比べて不連続に分布するため、そこに生息する生物の移動は比較的制限されやすく、地域ごとに集団が分断されやすいと考えられます。そのため、河川に生息する生物には絶滅に瀕した種も比較的多いことが知られています。河川には、昆虫や甲殻類などの多くの無脊椎動物が生息していますが、無脊椎動物に関する研究は十分には行われておらず、どのような生態的特徴をもつ種が絶滅しやすいのかについては不明な点も多いです。
日本の河川に生息する代表的な大型の無脊椎動物として、ニホンザリガニ(図1a)があげられます。ニホンザリガニは、日本に生息するザリガニの中で唯一の在来種であり、主に北海道と青森県に自然分布しています。ニホンザリガニは環境省のレッドリストで絶滅危惧II類に指定されており、現在も分布を縮小しつつあることが指摘されています。本研究では、ニホンザリガニの分布に影響する生態的特徴を明らかにするため、似たような環境に生息するにもかかわらずより広い範囲に分布する甲殻類であるサワガニ(図1b)と、生息環境などの特徴について比較しました。

【研究の内容】

図2. 採水調査の様子

図2. 採水調査の様子。シリンジで水を吸ってフィルターでろ過することで、水中に浮遊しているDNAを採取します。

本研究では、ニホンザリガニへの影響を抑えて分布調査を行うため、河川の水中に浮遊するDNAを調べることで生息の有無を調べる、環境DNA手法(図2)を用いて分布調査を行い、どのような環境に生息しているかを調べました。その結果、ニホンザリガニは、ブナなどが優占する落葉広葉樹林内の河川に生息する傾向があり、逆にスギ人工林には生息しないことが明らかになりました。それに比べてサワガニは、比較的川幅の広い河川に生息することがわかりました。落葉広葉樹林は比較的標高の高い山地に分布することから、このような環境に生息することで、ニホンザリガニの分布が制限されており、絶滅リスクが高いことの大きな要因になっていると考えられます。

また、地点間でどれぐらい遺伝的に分かれているかを調べたところ、サワガニと比べてニホンザリガニは、河川ごとに遺伝的に大きく分かれていることが明らかになりました。このことから、サワガニと比べてニホンザリガニは移動能力が非常に低く、地点ごとの遺伝的な固有性が高いことを示しています。最後に、生息に適した環境を有する地域(分布可能な地域)が、現在および将来(2050年)どの程度存在するかを推定しました。その結果、現在の分布可能な地域はニホンザリガニとサワガニの間であまり違いはありませんでしたが、将来の分布可能地域を比較すると、サワガニは比較的広い範囲に生息に適した環境が存在するのに対し、ニホンザリガニは大きく分布を縮小させるという推定結果が得られました。そのため、ニホンザリガニの方がサワガニよりも今後の気候変動の影響を受けやすいと考えられます。

 図3. (a)ニホンザリガニと(b)サワガニの分布可能な地域の推定結果

図3. (a)ニホンザリガニと(b)サワガニの分布可能な地域の推定結果。赤のほうが分布確率が高く、青のほうが低いと推定されたことを表しています。

【本研究の意義と今後の展開】
本研究により、ニホンザリガニの本州集団は、山地の落葉広葉樹林内の河川に生息しており、今後急速に分布を縮小させるおそれがあることが明らかにされました。また、移動能力が非常に低いことから、一度その地域からいなくなってしまうと、近くの地域から新たに入ってくることは非常に難しいです。地域ごとの固有性の高い集団が今後さらに消失するのを防ぐためには、山地の落葉広葉樹林の環境を守っていく必要があると考えられます。

論文情報

掲載誌:AAquatic Conservation: Marine and Freshwater Ecosystems
論文タイトル:Habitat preferences, genetic isolation and climatic vulnerability of an endangered freshwater crayfish and a widespread freshwater crab in streams of northern Japan
著者:Tsubasa Hinosawa, Saki Kinami, Atsushi Sogabe, Akifumi Ohtaka, Nobuyuki Azuma, Hiroshi Ikeda
DOI:https://doi.org/10.1002/aqc.3953

プレスリリース

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本学お問合せ先

弘前大学農学生命科学部 曽我部 篤 准教授、東 信行 教授
TEL:0172-39-3950、0172-39-3824
E-mail:atsushi.sogabehirosaki-u.ac.jp、azumahirosaki-u.ac.jp