弘前大学

6000年の人為淘汰:栽培菱の起源について

2024.02.22

プレスリリース内容

本学研究者

弘前大学農学生命科学部 食料資源学科 教授 石川 隆二 (農学生命科学部ホームページの「教員紹介」へ)

本件のポイント

  • ヒシは「菱形」「まきびし」など日本の文化としても強く関わっている。その栽培化過程を明らかにした。
  • ヒシの種子の大型化について、遺物種子、次世代シークエンサー、CT-スキャンなどを利用して研究をすすめた。
  • その結果、6000年の間に栽培化が進んでいまの栽培トウビシが誕生したことを明らかにした。

本件の概要

日本の全土にわたって野生種が生息しており、栽培種として中国で主に栽培されており、九州地方の佐賀県神埼市、福岡県大木町でも栽培されるヒシの起源について明らかにした。考古遺物や次世代シークエンサー情報を活用して、6000年間の間にヒトの手により種子の大粒化が進んだことを明らかにした。

背景と経緯

稲作と中国文明-総合稲作文明学の新構築-(代表:中村慎一)の新学術領域研究(研究領域提案型)において、およそ1万年の稲作農耕文明の発達過程を明らかにする総合型研究が行われた。その研究課題の1つとして、河姆渡-良渚-田螺山遺跡など低湿地において文明を支えた食料資源についての解明に取り組んできた。ヒシは現在も秋に食される作物であり、浙江省から江蘇省にかけて多様なヒシをみることができる。

6000年前のヒシ(田螺山遺跡より出土)

田螺山遺跡においては大量のヒシ遺物が出土しており、利用されていたために保存された果肉部分の炭化物もみられる。それらの種子サイズを比較して6000年間でどのように形態が変化したかを調査した。D野生種と栽培種のNA解析からは4種の完全長葉緑体配列を明らかにした。その結果、栽培種がオニビシと呼ばれる野生種に最も近縁であることが明らかとなった。通常、大型化する作物はゲノムが倍化することにより、サイズを変化させることがある。そのため種間でのゲノム量をフローサイトメーターでイネと比較し、小型で食用とされるヒシは4倍体であるものの、大型のヒシはオニビシと同じ2倍体であることがわかった。つぎにCT-Scanにより容量の比較を試みた。オニビシと栽培ヒシの果実殻とその中身の水栗といわれる胚乳は、オニビシよりも栽培ヒシが大型であった。栽培種では殻も野生種よりも薄くなり手で向けるくらいまで利用しやすく変化していることからも6000年の間に種子の大型化が徐々に進んだことが予測された。

田螺山周辺において稲作農耕や文明が発達したことはいままでも多くの研究者により明らかにされてきた。その過程において野生種の管理栽培から、水田稲作農耕に発展してきた。このようなヒトの手による食料調達戦略により、低湿地の他の野生食料資源の利用が進んだことが示唆される。

栽培ヒシにみられる多様性

内容と意義

稲作農耕文明の発達が低湿地における食料調達戦略を発展させたことが裏付けられた。また、作物が大型化する場合には、ピーナッツ、バナナ、キウイフルーツ、ならびにイチゴなどにみられる倍数化も1つの育種戦略であるものの、選抜による大型化を促すヒトの育種戦略もある。これは種子サイズの遺伝子における変異を選抜することにより成し遂げられる。このようなヒトの育種作業を明らかにすることにつながった。

主要作物としては扱われないものの、ヒシは救荒作物として日本でも用いられてきた。古くは縄文時代においては、三方五湖周辺における鳥浜貝塚遺跡ではヒシが出土している。その後も日本では小型のTrapa japonicaが利用されてきた。北海道のアイヌ絵巻にも秋のヒシとりの様子が描かれており、第二次世界大戦中、戦後の食糧難では沼のヒシが食料の1つとして利用されていた。現在では、佐賀県神埼市において小型のヒシ栽培組合によりヒシボウロやヒシの焼酎が生産されている。福岡県大木町では1920年代に中国から輸入された大型のトウビシがいまでも栽培されている。クリークに放流されたヒシが収穫され、町の特産農産物として人気である。ヒシは古来、菱形のモチーフを生み出し、忍者のまきびしに応用されるなど日本文化に根付いている。このようなヒシの農業的な側面が明らかになったことは、今後の食料のありかた、文化そして文明構築において多くの示唆がある。

参考資料

田螺山遺跡からの出土遺物では1cm程度であったものが4〜6倍程度まで大型化されてきた。しかし、日本で主に利用されてきたヒシは小型の絶滅危惧種であるヒメビシを片親に持つことから4倍体になったものの小型の種子である。

1cm程度のハート形のヒシ

良渚遺跡周辺の大型な栽培ヒシ

江蘇省太湖で栽培されるヒシ

今後の予定・期待

栽培化により変化してきた作物の情報は、どのように作物を改良していくべきかを知るために重要である、沖縄の特産物であるシークヮーサーも野生種から現地で栽培化されたことをすでに明らかにしており、その特殊な系統を栽培品種として登録するために活動している。またオーストラリアの野生イネはヒトの手によらない方法で種子を大型化させている。この特殊な変異の原因遺伝子を明らかにする研究を続けている。

論文情報

  • 題 名:Origin of domesticated water chestnuts (Trapa bispinosa Roxb.) and genetic variation in wild water chestnuts
  • 著者名:Dinh Thi Lam, Taro Kataoka, Hiroki Yamagishi, Guoping Sun, Tetsuro Udatsu,
    Katsunori Tanaka, Ryuji Ishikawa
  • 雑誌名:Ecology and Evolution (Wiley出版)
  • DOI:doi.org/10.1002/ece3.10925
  • URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ece3.10925
  • 掲載日:2024年2月8日

プレスリリース

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本学お問合せ先

弘前大学農学生命科学部 教授 石川 隆二
TEL:0172-39-3778
E-mail:ishikawahirosaki-u.ac.jp